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作品名:旅の坊主と高校生 作者:三日月

最終回   1
 高校二年生の本多哲也は、自転車で登下校をしていた。家のある住宅地は小高い丘の上にあったので、帰りには坂道を上るのが面倒だった。哲也は、自転車を押して、歩いて坂道を上る。春には坂道の両側に桜が咲いて、奇麗だった。しかし、今は初夏である。木や草は緑色に茂っていた。
直射日光に当たって汗をかく。坂道を半ばまで登ったところで、哲也は木陰に伸びた、二本の足を見つけた。不審に思った哲也は自転車を置き、その木陰を覗いてみる。
木陰に寝転んでいたのは、僧侶の格好をした青年だった。青年は目を閉じ、心地良さそうに眠っていた。哲也は、このまま放っておいたものかどうか、考えた。しかし、青年があまりにも気持ち良さそうに寝ているので、つい起こしてみたくなった。
「もしもし」
 哲也は声をかける。しかし、青年は目を覚ます気配がない。哲也は、青年の顔の前に座りこみ、その鼻をつまんでみた。
「ふがっ」
 と、青年は顔を振って、哲也の指を鼻から外した。
「何をする」
 と、青年は体を起こした。青年は、狐につままれたような顔で、周囲を見回す。そして自分の傍らに座っていた哲也に気がついた。
「君は、何だ」
「通りすがりの者です。このようなところで寝ていると、風邪を引きますよ」
「見たところ、高校生のようだな。学校から、帰る途中か」
「よくわかりますね」
「この時間に、学校の制服。見ればわかる」
「お兄さんは、お坊さんですか」
「そうだよ。修行のために、旅をしている」
「立派な方なのですね」
「それほどでもないが」
 青年は、草の上に座り直した。自分の坊主頭を、右手でつるつると撫でる。
「ところで、腹が減ったのだが、何か、食べるものはないか」
「食べるものですか。家に帰れば、菓子パンくらいあると思いますが」
「それでいいから、持ってきてくれないか」
「はい、はい」
 何だか、よくわからないまま、哲也は自転車に乗って家に向かった。哲也の家は住宅地の一番奥にある。赤い屋根の二階建てで、小さいながらも、家の南側には庭もあった。その庭の端にある車庫の中に自転車を置き、玄関に回って扉を開ける。
「ただいま」
 と、声をかけたが、中から返事は無かった。母親はどこかに出かけているらしい。鍵を開けたままで出ているので、どこか近所の友達のところにでも遊びに行っているのだろう。
 哲也の部屋は二階にある。階段を上がり、部屋に入ると鞄を置き、服を着かえた。一階に下りると、台所に入り、戸棚の中にある菓子パンを探す。戸棚の中には三つの菓子パンがあり、その中の二つを取り出して、また家を出ると自転車に乗った。
青年のいた坂道に戻ると、青年は一本の木を背もたれに胡坐を組んで座っていた。目を閉じているので、また眠っているのかと思ったが、哲也が自転車を置くと、青年は目を開けて哲也を見た。
「持って来てくれたのか」
「はい。持って来ました」
 哲也は、青年に菓子パンを渡す。青年は菓子パンを受け取ると、哲也に向かって手を合わせる。
「ありがとう。これで君にも、何か良いことが起こるでしょう」
「良いことって、何ですか」
「さあ。とりあえず、良いことだよ」
 青年は、菓子パンの一つの袋を開けて、さっそく食べ始める。いい加減な坊主だなと哲也は思った。哲也は青年を観察した。旅をしているという割には、荷物はそれほど持っていないようである。傍らに、小さな黒い袋が一つだけ置いてあった。それが、全ての荷物のようである。体格は、痩せている。食事をあまり満足に食べていないのかなと思った。着ている服は、かなり汚れていた。あまり洗濯をしていないのだろうかと思う。長身でなければ、みすぼらしいという形容詞がぴったりなところだった。青年は、二つの菓子パンをあっという間に食べ終えた。
「さて」
 と、一言つぶやいて、青年は立ち上がった。青年は坂道を下に下りて行く。哲也は自転車を押し、青年の後ろをついて歩く。青年は、坂道を一番下まで下りたところで、立ち止まって、哲也の方を振り向いた。
「なぜ、ついて来る?」
「面白そうですから」
「坊主をつかまえて、面白そうとは、何だ」
「だって、面白そうですもの」
 青年は、また歩き出した。哲也は、その後を、またついて歩いた。
「お坊さんは、どこから来たのですか」
「東から来た」
「これから、どこに行くのですか」
「西に行くつもりだ」
 この道を先に行けば、町の中心部に出る。哲也の通っている高校も、そこにあった。青年は僧侶の姿で、そのまま町に入って行くのだろうかと思う。完全に、町の風景からは浮いてしまうことだろう。
「何で、お兄さんは、お坊さんになったのですか」
「人生の道を究めるためだ」
「人生の道って、何ですか」
「簡単に言えば、自分自身の生き方というところかな。真っ直ぐで、正しい生き方をしたいと思っている」
「それは、お坊さんにならないと、無理なことなのですか」
「無理だろうな。この俗世間の中では」
 俗世間という言葉は、どこか、汚れたイメージがある。しかし、正直なところ、哲也にはまだピンと来なかった。
「君にも、何か悩みがあれば聞いてやろう。まだ俗世間に揉まれるという経験はないだろうが、君にも、悩みくらいあるだろう」
「ありますよ。僕にも、悩みくらい」
「何だ。言ってみろ」
「実は、好きな女の子がいまして。その人と付き合いたいと思っています」
「何だ。恋愛問題か」
「何だ、とは、何ですか。恋愛問題は、高校生の僕にとっては重要です」
「気持ちはわかるが。でも、坊主に恋愛の相談をされても」
「頼りになるとは、思っていませんよ。恋愛は、自分の力で成就させるものだと思っています」
「いい心がけだ。若い内には、悩むのもいいことだよ」
 町への入口に来たところで、青年は哲也に別れを言った。
「じゃあ、ここで、お別れだ。もう、ついて来るな」
「わかりました。じゃあ、お坊さんも気をつけて」
 青年は、僧侶の格好のままで、町の中へと入って行った。違和感のある格好で風景の中に消えていく青年の姿を、哲也は、妙な感覚で見送った。


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