その町の住宅地の一角に、古いアパートがあった。一階に三部屋、二階に三部屋。今はそのどの部屋にも住民は住んでいない。 大家である片山虎次郎は、頭を抱えていた。このままでは、赤字がかさむばかりである。 そのアパートに入居者がいないのには理由があった。 三か月前のことである。 二階の六号室に住んでいた山下香織という若い女性が自殺をした。原因は、付き合っていた男に振られたという、他愛もないことである。 自分のアパートで自殺をされるというのも迷惑だったが、その自殺があった日から数日後のこと。その山下香織の幽霊が、アパートの中に現れた。 幽霊は、彼女が住んでいた六号室だけではなく、アパートのどの部屋にも現れた。 それで、住人が、一斉に引っ越しをしてしまったというわけである。
アパートの名前は、片山荘といった。 「片山荘に、幽霊が出る」 その噂は、すぐに町の中に広まった。 小学生の子供たちは、面白半分に、アパートを眺めに来た。 「こら、こら。集まって来るな」 虎次郎は、子供たちを追い払う。 これは、何とかしなければと、虎次郎は、寺の住職にお祓いを頼んでみる。 住職はすぐにアパートに来て、お祓いをしてくれた。 「これで、幽霊は出なくなりますか?」 虎次郎は住職に聞いてみる。 「さあ。私は、実際に幽霊を相手にしたことはありませんから」 と、住職は頼りない。
そんな時である。 虎次郎の家を、一人の男が訪ねて来た。 男は坊主頭で、僧侶のような黒衣を着ている。 「私は松島竜三という、旅の坊主です。実は、あなたの所有するアパートに幽霊が出るという話を聞きまして」 「それが、どうかしましたか」 「しばらく、私をアパートに住まわせてもらえませんでしょうか。幽霊と話がしてみたいと思います」 「幽霊と話を? それで、幽霊は出なくなるのでしょうか」 「出なくなると思います。確証はありませんが」 虎次郎は、男をアパートに住まわせてみることにした。 どうせ、今は入居者はいない。 幽霊がいなくなれば、儲けものである。
坊主は、自殺のあった六号室に入った。 そのまま、座禅を組み、壁に向かって目を閉じる。 飲まず、食わずで、時間は次第に過ぎて行った。 そして三日目の深夜、ついに幽霊が現れた。 坊主は目を閉じたままで、幽霊に話しかける。 「どうして、この場に留まる?」 「悲しかったから」 「この世に留まれば、悲しみは増えるばかりだ。潔く、成仏した方がいい」 「恨みが晴れない。彼に、恨みを晴らしたい」 「私が、君に変わって、恨みを晴らしてあげよう。それで、どうだ」 「恨みが晴れれば、成仏します」 「約束だぞ」 「約束です」 幽霊は消えた。 坊主は目を開けた。
翌朝、一人の男の死が新聞に載った。 それ以来、アパートに幽霊は出なくなった。 坊主は虎次郎に挨拶をし、アパートを出て行く。 「ありがとうございます。助かりました」 と、虎次郎は坊主にお礼を言った。 しかし、その後もアパートに入居者はいなかった。 幽霊が出るという噂は、その後も消えなかった。 結局、アパートは取り壊すことになる。 跡地は、駐車場になるということだった。
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