太田博は刑事である。正義を愛し、悪を憎む心は、人一倍、強かった。 近頃、町では暴力団の抗争が激しくなっている。 しかし、どこからも被害届が出ていないので、太田は刑事として、何も手を出すことができなかった。 もちろん、相手は暴力団である。捜査に踏み込もうと思えば、何の罪でもでっち上げることができたが、課長の方針として、それは禁止されていた。 太田の歯がゆい思いは続いて行く。 中村武は、太田とは同期の刑事だった。刑事としては同期だが、年齢は、太田の方が上である。 中村と太田は、よく一緒に行動をした。 今日もまた、二人で覆面パトカーに乗って町に出る。 基本的には平和な町で、事件というものはあまりない。中村と太田は、国道沿いにあるファミリーレストランに入り、少し遅い昼食を食べることにした。 窓際のテーブルに座り、昼食後のコーヒーを飲んでいると、駐車場に一台も車が入って来る。黒くて威圧感のある車体で、一目で、暴力団関係者の車だというのがわかった。 車からは、三人の男が降りて来た。一人が幹部で、二人はその子分だろうと、太田は見当をつける。 彼らは、店の中に入り、一番奥のテーブルに座った。 「ヤクザがファミレスか」 太田は小声で、中村に言う。 「この近くには、細川組の事務所があったはずです。あの三人も、細川組の構成員じゃないですか」 「ちょっと、遊んでやるか」 「やめてくださいよ。揉め事を起こすのは」 「まあ、見ていろ」 太田は席を立つ。そのまま、暴力団の組員のいるテーブルの方に歩いた。 太田は、組員の一人を見る。太田の思い通り、その組員が、太田をにらみ返した。 「何の用だ」 男は立ち上がる。 「別に、トイレに行こうと思っただけだ」 太田は言った。トイレは、その通りの先にある。 「俺たちに、ガンを飛ばすような目をしていたよな。俺たちが誰か、知っているのか」 「見ればわかる。ヤクザだろう」 「ヤクザだと?」 「間違っているのか? それはないはずだが」 「馬鹿にしているのか? 俺たちを舐めるな」 男が、太田につかみかかろうとした。太田はその男の手を取り、反対にひねりあげ、後から腰を蹴り上げた。 男が、テーブルの間に倒れる。 太田は、そのまま、店を出て、駐車場に歩いた。 組員たちは、太田を追いかけて外に出る。太田は、駐車場で彼らを待ち受け、あっと言う間に、彼らを叩きのめした。 「ヤクザだからって、あまり威張るなよ。社会の迷惑だ」 太田がそう言うと、彼らは車に乗って逃げて行った。 中村が、それを見て、店から出て来る。 「あまり、無茶をしないでくださいよ」 「ちょっとした気晴らしだ。いい遊び相手だよ」 太田と中村は、店の中に戻った。飲みかけのコーヒーを飲み終え、割り勘で勘定を払って店を出た。
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