川島光太郎は、三十五歳の独身だった。食品会社に勤める会社員で、仕事は、朝の八時から午後の五時まで。残業は毎日あるので、アパートの部屋に戻るのは、だいたいいつも、午後の八時頃になる。 夕食は、いつも近くの定食屋で済ませた。栄養というものは、特別、気にしてはいない。典型的な、独身の男の生活である。 定食屋は、四十代の夫婦が経営をしていた。気のいい夫婦で、客のいい話し相手にもなってくれた。 定食屋には、二十代のパート従業員の女性もいた。名前は「恭子ちゃん」という。光太郎は彼女のフルネームをまだ知らない。彼女が定食屋で働くようになったのは半年前のことだが、光太郎は内気な性格で、彼女のフルネームを聞くまでには、まだ親しくなっていなかった。 その日もまた、光太郎は会社帰りに定食屋に寄った。光太郎の指定席となっている一番奥の、座敷のテーブルに座った。 「コロッケ定食」 と、光太郎は、注文を取りに来た恭子ちゃんに言った。三十分ほど店にいて、光太郎は食事を終えて、定食屋を後にした。 定食屋からアパートまでは、歩いて約五分である。光太郎は、街灯の少ない暗がりの道を慣れた足取りでアパートに向かった。 もう少しでアパートが見えるという道の角にさしかかった時、光太郎は、反対側の道から飛び出して来た男にぶつかり、電柱に当たって転倒した。 男は、光太郎に謝ることなく、無言のまま走り去る。 その直後、二人の男が、倒れた光太郎の脇を走り去った。二人の男は、最初の男を追いかけているらしい。 光太郎は、電柱にぶつけた肩を押さえて、立ち上がった。何も文句の言えない自分が情けないと思う。 光太郎は、自分の足元に、何か紙袋に包まれたものが落ちているのに気がついた。暗闇の中なので、見逃がしそうなものである。 光太郎は、紙袋を手にした。見かけよりも、結構、重い感じだった。中に手を入れて、取り出してみる。金属の手触り。手のひらに伝わる重量感。 「拳銃か?」 光太郎は、目を凝らして、手の中のものを見た。 急いで、アパートの部屋に戻る。 電気をつけると、光太郎の手にしたものは、確かに拳銃だった。一緒に持ち帰った紙袋の中には、十数発の銃弾も入っていた。 光太郎は、それを、押入れの中に隠した。警察に届けなければいけないとは思ったが、光太郎は、なぜか、そうはしなかった。 拳銃は、押入れの中に隠されたまま、数日が過ぎて行く。 光太郎の心の中に、不安がつのって行った。
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