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作品名:ゆるめいつネット 作者:

第1回   チャット
「ただいま」
 誰もいないのを承知で俺はこの言葉を今日も繰り返した。
 ワンルームマンションの玄関のスイッチをいれて明かりを点けた。短い廊下の先には暗いままの部屋が一つ。ここが俺の住まいだ。
 廊下を渡り、奥へ続くドアを開けると昨日飲んだビール缶が散らばったままの部屋がある。そこには箪笥とベッド、テレビとパソコンが置いてあり、ここで俺は生活をしていた。
「ふぅ……」
 鞄を置いてベッドの上に横になった。毎日、家に戻ると行うのが横になることだった。こうするとやっと一日が終わるという実感がわいてくる。
 俺の名前は佐川武、都内のコンピューター会社に勤務している34歳だ。
「さて、食べるか」
 コンビニで買ってきた弁当を電子レンジに入れてテレビを点ける。部屋のゴミ箱の中にはここ数日の弁当の箱が入っている。自炊など数えるほどしかやってない。
 弁当が暖め終わると、今日もわびしく一人飯だ。缶ビール片手にテレビを眺める。テレビでは今日のニュースが流れていたが、その内容のほとんどを聞き流していて頭に入っていなかった。
 弁当を入れて持ってきたコンビニの袋に飲み終えたビールの缶を入れていく。あっという間に今日だけで4本の缶が入っていった。
「さてと、そろそろか……」
 時刻は現在午後十時五分前、俺はパソコンの電源をいれた。三年ほど前に購入したが、最近少し動きが遅くなったように感じている。そろそろ寿命なのかもしれないな。
 パソコンの起動を確認すると、インターネットへと回線をつないだ。週に一度、俺は必ず訪れているサイトがある。
 サイトの名前は「ゆるめいつ」、ゆるーく生きたい人集まれという意味合いで開設されたサイトらしい。ここで行われているチャットに参加したことでよく訪れるようになった。
 そんなにメジャーなサイトではないので、集まってくる面子もいつも同じだった。ただ、それゆえに話題が前回から引き続けることもあるのでかえって楽だった。
 サイトにアクセスしてチャットルームを開いた。既にアクセスしている人物がいた。毎回、このチャットで一番最初にアクセスしている人だった。

alice:こんばんは、タケさん

 パソコンの画面に挨拶が打たれた。このaliceという人物がいつも一番にここに来ている。

タケ:こんばんは、aliceさん
alice:お仕事お疲れ様です

 どんな仕事に就いているかは話したこともないが、仕事をしているということだけはチャットで話したことがある。

タケ:大丈夫。今日も何とかやれています。aliceさんはどんな一日でしたか?
alice:私も何とかやってます

 こんな感じでしばらく二人だけの会話が続けた。相手の顔も全く見えない会話だが、こっちのほうが楽に会話できる。
 それから時間が経つにつれて段々といつもの面子が揃ってきた。

和夫:そろそろ肌寒い季節になりましたね
ナナ:うちも冬支度をはじめてます
alice:そうですね。温泉とかいいかもしれないですね
タケ:温泉かぁ、長いこと行ってないな

 今日の話題は季節のことだった。丁度季節は晩秋、冬への切り替わりが始まっていた。俺もスーツを冬物にかえて、冬支度をしていた。

和夫:そうだ。この面子でオフ会を開きませんか?
alice:オフ会?
和夫:そうです。私の知り合いに温泉宿に勤めているのがいて、相談すれば予約も料金もお安くさせられますよ
ナナ:へえ。面白そうね

 チャットは和夫さんによって提案されたオフ会の話題で盛り上がった。

タケ:やるんならやっぱり土日ですね。一泊でもいいですし、日帰りでもいいですし
ナナ:日程にもよるけど、私は全然いいですよ。ねえ、aliceさんも一緒に行きましょう
alice:そうですね。楽しそうですね
和夫:だったら、とりあえず計画を立ててみましょうか。計画が立ったらそれぞれにメールしますから

 その時、携帯電話が鳴り出した。メールかと思ったが、着信音が鳴り止まないので確認すると、同僚からの電話だった。
「もしもし」
「おー、佐川か」
「なんだ、石井か」
 電話をかけてきたのは同期の石井広明だった。
「どうした? こんな時間に」
「悪いな。会社で伝えるのを忘れていたことがあったんだ」
「何だ?」
「明日の管理職会議でお前の営業二課の上期の数字と、現在までの成績の具体的な数値を出してきてほしいんだ」
「おい、そんなこと今更言われても困るぞ」
「だから悪いと言ってるだろ? とりあえず俺に文句を言ってもどうしようもない。明日…いや、もう今日か。資料はどうしても必要になるんだから」
「ったく、わかったよ」
 俺は電話を切った。

タケ:すいません。いきなり仕事の電話が入ってきて明日までに必要な書類を作らなければならなくなりました。
alice:今からお仕事ですか?
ナナ:あら? こんな時間に連絡してくるなんて随分ひどい話ね
和夫:いくらなんでもこんな時間に連絡してくるなんて非常識だ
タケ:そういう理由ですので本日はこれで落ちます
和夫:お疲れ様です。温泉の計画は立案が出たらメールします
ナナ:頑張ってね
alice:お仕事頑張りすぎないでくださいね。おやすみなさい

 チャットルームを出ると、俺はすぐに書類の作成に取り掛かった。こんな時間に大事なことを連絡してきた石井のことを恨みながら残りわずかな時間で必死に仕事をした。
 あまりデータが揃っていないので完璧な書類は作れないので、今日は朝一で会社に行ってデータの確認をして書類を作ることになる。
「やれやれ。こりゃあ寝れないな」
 こうしてこの日は完徹を余儀なくされたのだった。


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