「先生終わったよ?」
ひらひらっと小テストが目の前で波うつ。高岡修平は、はっとしたように腕時計を見た。午後8時。授業の終了時間だった。個人授業を受けていた生徒は、小テストを提出するとさっさと教科書を片付け帰る準備を始めていた。高岡も片付けに入るが、帰っていく高校生を見送ると手が止まってしまった。気がつくと思考がそこへ行ってしまう。そうやって考えることに意味が無いことは分かっていた。 高岡にとっても今更の話だった。つい最近知らされた事実だった。
谷崎京香とは友人の紹介で付き合うようになった。24の時だった。仕事はそのとき、教育関係の出版社で営業を行っていた。京香は同期で、同じ出版社の系列で事務員として働いていた。彼女は自分よりも男らしい性格だった。さばさばとしていて、面倒見が良く誰からも好かれていた。自分に無いものを彼女は多くもっていた。
「どう考えてもお前らが合うのがわかんね〜んだよな〜」
酒の席で何度も友人に言われた。
「確かに…」
何ででしょうねえ。自分も決まってそう答えていた。
「分かってないわね〜」
酒豪の彼女は、高岡の肩をばしばし叩きながらあっけらかんと言ってのける。
「修平はね、あたしみたいのでちょうどいいのよ」
そう言って、鮮やかに笑った。彼女の子供みたいな素直な笑顔が好きだった。
出会って2年。26歳のとき京香と別れることになる。はっきりした理由はなかった。お互い仕事が楽しくなってきた時期で、会う時間が少なくなり、すれ違いも多くなっていた。気づいたときには、関係を修復するには時間が経ちすぎていた。嫌いになって別れたわけでは無かったが、自然と連絡しなくなり、会わなくなった。
それから、一年後……彼女と二度と会えなくなるなんて思ってもみなかった。何も言わすに彼女は逝ってしまった。なぜ一言言ってくれなかったのか。いや…言えるはずも無い。
ぼんやりと、彼女の面影を思い出す。その姿が先日会った谷崎志真とかぶる。
彼女は妊娠していた。
自分は知らなかった。彼女が言わなかったのか。別れた後だったのか。もう確かめるすべは無い。時が経ちすぎていた。
忘れた頃に、彼女の命日に墓参りに行ったのは一ヶ月前。コスモスが揺れていた。その日、偶然彼女の両親に会ったのだ。17年を経て知る事実。
今年で45。彼女に似た雰囲気の彼は、現れた。
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