もの心がつく頃には、自分に両親が二人いることは知っていた。それが当たり前なのだと思っていた。 志真は自分を生んでくれた母親の記憶がない。母親は志真を生んですぐに事故にあい、亡くなった。志真を引き取ったのが、母親の両親で今の両親だ。だから、墓前の写真でしか母親のことは知らない。父親についてほとんど聞いたことがなかったが、あまり興味がなかった。自分を育ててくれた両親が志真にとっては「両親」だった。記憶にない人達を悲しむには幼すぎた。
小学生の時に何かと両親のことでからかわれたが、特に悩むこともなくあっけらかんとしていた。彼の無頓着な性格が幸いし、ここまで素直に育ってきた。実際、何よりも志真は両親に愛されていた。それが子どもなりに無意識に分かっていたのかもしれない。
だから、今更だった。なぜ父親が現れるのか?自分にとっての「父さん」も「母さん」も本当のところ、たった一人だった。それが、両親にも秘密にしている志真の真実だ。父さんは何も言わない。志真には、告げられただけだ。お前の父親だと。
「あなたの好きにしなさい。会うも会わないも自由に決めなさい」
高岡修平が帰った後、母さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべながら、そう言った。志真は黙り込む。
あれが、おれの父親… 実感の湧かないまま、夜は更けていった。
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