「大分お疲れの様子ね」
台所に入ってきた志真に、母は楽しそうに言った。
「あの酔っ払い共…いい加減にしてほしいよ…」
へなへな、と力尽きたように座り込む。客間から笑い声が上がった。 いったい何の話が自分にあったのか結局分からず仕舞いのまま、知らぬ間に酒が入り宴会状態だ。そこに正治さんが混ざって、えらい賑やかにになった。志真は完全に酔っ払いのお守りだ。
「ちょっと休憩〜」
頬杖をつき、ぼんやりと頭の中を整理する。男の名前は高岡修平。駅前にある塾で数学の講師をしているらしい。
「勧誘にでも来たのか?」
酔っ払いの相手に疲れた志真は、半分投げやりに高岡に聞いた。
「いや、そんなつもりはないよ」
酒は入っているが、高岡の返事はしっかりしていた。2人の酔っ払いよりはいくらかましだ。
「よかった。うちには俺を塾に通わす余裕なんかないだろうし」
志真はおどけたように首をすくめた。すると、後ろで正治が「脱ぐぞー!!」などと叫び始めた。
「脱ぐなあ!!」
志真が叫ぶ。赤ら顔の正治の腹を叩き、捲り上げたトレーナーを無理やりおろす。「脱げ脱げ〜」と無責任に笑う父親は、手を叩いて笑っている。それから、まともに高岡とは話しはできなかった。 奥から「志真〜つまみ〜」と叫ぶ声が聞こえる。
「うっさい。酔っ払い」
ため息を盛大につく。もしかして、自分は単にお守りの為に呼ばれたのではないかと思い始めていた。
正治さんが潰れて、いびきをかき始めた頃に宴会はお開きとなった。
「遅くまですいません」
酔っ払った父親の代わりに、志真は高岡に誤った。
「いえ。明日の仕事は遅いので気になさらないで」
あの2人に絡まれて、ここまで人の良い笑顔が作れる高岡を少し尊敬する。単にお人よしなのかも知れないが。
「ああ、高岡君。うん。遅くまで付き合わせたね〜」
足取りが覚束ない父親を横で支えた。
「いいえ。今日はありがとうございました」
丁寧に頭を下げる。ありがとうございました、なんて…本当いい人だ。母も玄関まで出てきて挨拶をした。志真が小声で「お疲れ様」と耳打ちすると、秘密を共有するように小さく笑って、帰っていった。
「さて〜正治を起こすぞ〜」
ふらふらと、客間に戻っていく父。
「こけるなよ〜」
ああ、志真。ゆれる背中がこちらを向いた。
「さっきの人が、お前の父親だよ」
さも、ついでのように言ってのけた。笑みが引っ込んだ。小さく息を呑む。揺れる父さんの背中から鼻歌が聴こえる。志真は思わず振り返って玄関を見ていた。
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