学校から帰ると、玄関に男物の革靴が一足多く並んでいた。珍しく、お客さんが来ている。音をなるべく立てないように玄関を上がると、左手の奥にある台所の暖簾をくぐった。
「お客さん?」
お帰り、というと栗の皮むきをしていた母は手をとめた。
「後で顔出していらっしゃい」 「なんで?」
テーブルのみかんをひとつ拝借する。お客さんが帰るまで、自室に篭ろうと思っていた。
「志真のお客さんでもあるからよ」 「そうなの?」 「そうよ。早く着替えてらっしゃい」 「誰?」
ほら、早く。志真の質問は聞き流され、二階に追い立てられた。
父さんの呑み友達なら、志真にとってもお客さんだが夕飯前に来ることはない。いつも夕飯を終えた頃に、「昌さ〜ん」と言って一升瓶を片手にやってくる大工の正治さんは、うちに来る常連で父さんの仕事仲間だ。志真もその席に毎回巻き込まれる。最後は酔っ払いの世話係なのだが。
「正治さんじゃないなら誰だ?」
他に自分に用がある人間。はた、と志真の動きが止まった。
「先生?」
いや、まさか。家庭訪問は聞いてない。抜き打ちなんて今まで聞いたことない。いや、もしかして…急に脳がフル回転しだした。ここ最近の出来事を思い出す。掃除をサボったことはあったが見つらなかった。遅刻もしたが、続けてではないし…。思いつくことはあるが、家まで来るほどの理由が分からない。
「俺、何したんだよ…」
部屋着に着替えたが、もたもたと制服を片付ける。机においた蜜柑が視界に入った。手の中でしばらく転がしてから机の上に戻す。志真は、覚悟を決めると階段を下りていった。
「誰?」
知らぬ間に声にでていた。客間には父さん。向かいの席に見知らぬ男が座っていた。
「志真。お帰り」
息子の失礼な発言を特に気にもせず、穏やかな調子で手招きされた。担任ではなかったことにほっとしたが、これでは母さんの言った意味が分からない。父さんの隣に座り正面の男を見る。年は40代位だろうか。グレーのスーツを着ていたが、営業マンのようなエネルギッシュな雰囲気はしない。目が合って、やさしげな笑顔を向けられた。たれ目のせいか、笑うともっと目尻が下がった。
「この子が、志真です」
かみ締めるように名を呼ばれた。思わず隣に座る父親を見上げた。自分の名前が不思議な重みをもって場に溶け込んでいく。やさしげな男の表情はよく見えなかった。静かな客間に、西日が差し込んできていた。
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