ちょうどその時、当直の看護師が巡視のために入ってきた。匠の顔を見ると、 「痛いのは我慢しなくていいですよ。管が入っているからすぐ楽になりますからね。」 そう言いながら点滴とは別の管に薬を注入した。その後、脈を取り血圧と体温を測って出て行った。その姿を目で追っていた匠は露骨に嫌な顔をした。 「余計なことを。」ボソボソと毒ついたが、段々と痛みが薄らぐにつれ苦痛で歪んでいた顔が穏やかになってきた。苦しんでいる匠を見ているのに忍びなかった沙織は内心ホッとした。そこでどうしてこんなケガをしたのか詳しく話を聞こうと思った。 「沢木さんから少し聞いたのだけれど、どうしてこんなことになったの?」 「・・・オレの不注意だ。 なぜそんなことを聞く。」 「女の子がぶつかったってホント?」 「ああ。でもこうなったのはオレのせいだ。これ以上聞くな。うっとうしい。」 「はい・・・あの。」 「何だ。」 「昨日、何の日だったか覚えてる?」沙織は質問を変えた。 「昨日?・・・」 「クリスマスパーティだったんだけれど。」 「クリス、マス? ああ、忘れてた。・・そう・か。・・おまえ、壁の花だったのか。」 毎年行なわれているクリスマスパーティでは沙織のエスコート役は匠と決まっていた。パーティの最後には必ずワルツが流れ、それに合わせて皆踊るのが恒例だった。 「そう・・最初はそうだったのだけれど、匠さんが欠席ということがわかって・・そうしたら、休む暇なくダンスに誘われてしまって・・」困惑した顔で匠から視線を外した。 「そうか。 それは良かったじゃないか。 では来年からそうしよう。オレがいなければ世の男どもが喜ぶ。」 平然と言う匠に沙織は視線を外したまま悲しげに、そうね。と呟いた。こらえようとしても自然に涙が溢れ出す。 「ただし、オレの希望が叶えば、の話だがな。」 沙織の心のうちを読んでいるのかどうか、匠は意味不明のことを口にした。それでも今の彼女にその意図するところを考えている余裕はない。少しでも父親同士の話を耳にしていればそれも理解できたのかもしれないが、あいにく彼女は本当に2人の会話を聞いていなかった。
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