匠は秀一と父正彦の会話を一句漏らさず聞いていた。医師の回診の際はうつろな状態であったが、2人が話し始めた頃には麻酔からほぼ覚醒していた。それでも気づかぬふりをしていたのだ。身体は微動だにしないが、頭の中は徐々に回転しだしていた。かたわらにはじっと自分を覗き込む沙織がいた。 「匠さん!」その声も涙のせいで震えている。 「ったく。うるさい連中だ。」 術後、初めて発した声に匠はとまどった。麻酔のせいで声がガラガラになっていたのだ。おそらく時間の経過と共に直るだろう。 「気がついていたの?」 沙織はすでに匠の意識が戻っていた事に驚いた。 「ずいぶん前からな。・・・それにあいつらあんな相談しやがって。」 「あいつらって?」 「おまえ・・・聞いていなかったのか。おまえの親父とウチの親父の話を。」 イライラした様子がはっきりと現れている。しかしわからないものはわからない。匠しか見ていなかった彼女には父親たちが何の話をしていたのか全く耳に入っていなかったのだ。 「ごめんなさい。」しょんぼりとうな垂れる。 「ったく。おまえって奴は。」 あからさまに眉をひそめる匠。それでも沙織には匠が心底怒っていない事がわかっていた。少し気を取り直し、傷の痛みはないかと聞いた。 「・・・・このくらいの痛みは痛みのうちに入らない。」 と言い放つ匠の額にはすでにあぶら汗が滲んでいる。麻酔が切れた後の傷の痛みは沙織も一度経験していた。小学校の時に盲腸の手術をしていたからだ。あんな小さな傷でさえ痛さを我慢できず痛み止めを打ってもらったのだ。匠の傷が痛くないわけがない。 「看護師さんを呼びましょうか?」そう言って額の汗を拭く。 「バカを言うな。」答えとは反対にその声はひどく苦しそうに聞こえた。
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