膨大な資料が収められたCDとDVDは匠が家に到着するよりも前に彼の部屋に届けられていた。それを見て彼は思わず顔をしかめた。1週間後に迫った剣道の全国大会が控えているのにこれらを処理する時間は2週間しかないのだ。いや、とにかくやるしかない。と気を取り直し、早速パソコンに向かいCDを挿入した。当然のことながらパスワードを入力しなければならない。しばらく考えた後、彼はある文字を押した。『SAORI』―――― 一発OKだった。秀一が得宗グループを大事と思う同じくらい娘の沙織を可愛がっていたのを思い出したからだ。 1時間、2時間。彼は時間の経つのも忘れディスプレイに釘付けになっていた。それゆえドアがノックされても初めは気付かないほどだった。何度目かのノックでようやくそれに気づき、努めて冷静な声で入室を許可した。 「匠さん。お夕食を持って来たの。」 入ってきたのは沙織だった。日ごろ、両親と共に食事をする匠が一旦部屋に籠もってしまうと食事を摂ることすら忘れてしまうため、そういう時はいつも沙織が部屋まで食事を運んで来るのだ。 「・・・いらん。さっき昼食を摂ったばかりだ。」 振り返ることなく匠は言い捨てた。 「でも・・もう9時よ。」 沙織の声が段々小さくなる。こういう時の匠は一段と恐ろしい。感情を表に出すことはめったにない彼が、更に冷静な時が一番危険だ、ということを沙織は身をもって知っていた。手を上げる事はせず言葉で相手をねじ伏せるのだ。 「何度も言わせるな。今からオレが良いと言うまでここに来るな。おふくろにもそう言っておけ。いいな。」 ジロリと一瞥すると再び匠はディスプレイに視線を戻した。 「は、い。」 仕方なく沙織はトレイを持ったまま匠の部屋から引き下がった。匠の伝言(命令に等しい)を父の正彦と母の明子に伝えると、2人はヤレヤレという表情をした。 「ごめんなさいね。沙織ちゃんにはいつも厄介ばかりかけるわね。」 「本当だ。あいつは沙織ちゃんが誰の娘かわかっていないようだな。」 社長夫婦といってもこの2人は全く奢ったところがなく社員からも好かれていた。典型的な一般庶民の子を持つ親だ。言ってみれば匠はトンビが鷹を産んだようなもの。と噂する同業者もいた。 「いいえ。私が悪いんです。きっと匠さんの気持ちを逆撫でするようなことをしたのですわ。」 ホゥとため息をつく沙織を見た両親は、なおさら彼女が気の毒になった。 「そんなことないわ!悪いのは匠よ。何があったか知らないけど、せっかく沙織ちゃんが作ってくれた料理に箸さえつけないなんて!」 「でもなぁ。あいつは沙織ちゃんの作ったものしか食わんし・・・私達が躍起になってもどうしようもないしなァ。」 匠のことになるとさすがの正彦も匙を投げているようだ。 「いいんです、おじさま。時間が経てば匠さんの機嫌も直ると思いますから、私のことは気になさらないで。それよりも良かったらこれ、召し上がって下さいな。」 気を取り直し、沙織は2人にトレイを差し出した。その後、冷めても食べられるようにとサンドイッチを作り、匠にお部屋の前に置いた。こうしておけばいずれ皿が空になることを経験から会得していた。
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