「じゃ何かい。その匠って子は高校生でありながらいくつもの会社を持ってる、ってのかい?ヘッ!信じられないね!」 「名義は他の人みたいなんだけど、実際は匠様が仕切ってるんだ。オレも調理場の先輩たでぃから羨ましがられたんだよ。だからこそオレは怖いんだ。失敗したときのことを考えるとサ。ホラ、今でも手が震えるよ。」 見れば本当に加賀美の手はブルブル震えている。そこでようやくヤエは孫の言う事を半分だけ信じることにした。残りは周防匠という高校生に直接会ってみてからの事だ。百戦錬磨のヤエの心中を年若い加賀美は知る由もなかった。
「面会?誰だ。」 下校した匠を珍しく在宅していた明子が見とめ、声をかけた。 「カガミなんとかっていう人のおばあさんらしいわ。あなたに会って孫のお礼が言いたいそうよ。私はこれから『さざ波会』のメンバーとマクベスを観に行くから、あとはお願いね。」 玄関先ですれ違いざまにそれだけ言い残し、明子は浮かれ足で出て行った。母のうしろ姿を呆れ顔で見送ると、匠は真っ直ぐ客間に向かった。常日ごろ、傍若無人と思われている匠も年長者に対しては礼儀を重んじていた。第一印象が後々まで後を引く、ということを身に染みて知っているに他ならない。たとえ従業員の家族といえど、初めから高飛車な言い方はしなかった。 「初めまして。ぼくが周防匠です。このたびは則之さんにわがままを言ってしまい、おばあさまにも大変ご心配をおかけいたしました。申し訳ありません。」 大きな身体を折り曲げ、丁寧に挨拶する匠をヤエはひと目で気に入ってしまった。もちろんたくみの外見が大いに役立ったことは言うまでもない。年甲斐もなくしどろもどろになるヤエをにこにこしながら見つめる匠。椅子を勧め、自分も真正面に座る。尊大な態度にならぬよう、細心の注意を払いながら背筋を伸ばした。
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