「則之、いいのかい?こんなところに住まわしてもらって。」 「う、うん。いいみたいだよ。ばあちゃんも一緒っていうのが条件なんだけど。・・それにしてもすごい・・ね。」 言わずと知れた加賀美と祖母のヤエである。加賀美は得宗寺家を解雇になった後、すぐ匠の元へ行った。すると簡単な説明をされ、有無を言わさず5LDKの超豪華マンションに連れて来られた。 加賀美則之は幼少の頃に両親と死別し、母方の祖母に育てられた。高校卒業後、料理学校へアルバイトをしながら通い、首席で卒業するとすぐ得宗寺家の厨房に就職した。得宗寺家の調理場に勤められるという事は大層な出世、と学校では目されていた。いわば加賀美はエリートコースを歩み始めた卒業生、ということになるのだ。しかも卒業後、数年でレストランの料理長に抜擢されたのだから鼻高々になってもおかしくはないのだが、元来、気の優しい彼は、突然降ってきた幸運に戸惑い、大きな不安を抱える事になってしまった。祖母と一緒、という条件がなければプレッシャーに押しつぶされていただろう。それをよくわかっているヤエは、自慢の孫を心配そうに見つめた。 「おまえにそんな大それたことができるんだろうかねぇ。私はね、おまえには目立ったことはして欲しくないんだよ。おまえと一緒に前の家に住んでいればいいんだよ。おまえが頂いてくるお給料で充分だったんだからね。それなのに・・こんなことになってしまって・・私は明日からどうなるか、心配で仕方がないよ。」 「そんな・・ばあちゃんにそんなこと言われたらオレはどうすればいいんだよォ。お屋敷はクビになっちまうし、匠様のとこにも行けないってなったら、どこも雇ってくれるとこなんてないよ。」とうとう加賀美は泣きべそをかいてしまった。 「・・そうだね。・・私が弱気になってちゃダメだね。おまえにしっかりしたお嫁さんを迎えるまでは弱音を吐いちゃいけないんだった。ヨシッ!ダメで元々。矢でも鉄砲でも持って来いだ!・・・あ!そういえば私はまだその匠様って人に会ってないんだけど、明日会わしてもらえるのかね?おまえのお礼も言いたいし。どういうお人なんだい?」 「どういうって・・・そうだなぁ・・ひと言で言えば・・オレら凡人には理解できない人ってことかなぁ。でもものスゴク怖い人なんだ。 あの人に対抗できる人はだんな様とお嬢様くらいなんじゃないかなぁ。」加賀美も祖母が相手だとかなり雄弁で、口ぶりも滑らかだ。 「わからない人なのに怖いんかい?・・不思議なお人だねぇ。」 「そうなんだ。とっても不思議な人なんだ。まだ高校生なのにサ。」 そのひと言でヤエの顔が強張った。 「高校生だってぇ?! おまえ、そんな子供にいいように動かされて黙って言いなりになったのかい!それでも私の孫かい!少しは恥を知りなさい!」 「なななんだよォ。急に、びっくりするじゃないかァ。」 「おまえ、すぐにその何とかって高校生のところに行ってこの話はなかったことにしてくれって言っておいで!私はそんな風におまえを育てた覚えはないよッ!」 「ま、待ってくれよ。」 「何を待つんだよ!ほんとにおまえって子は。人がいいっていうんだか、気が弱いっていうんだか!ンとにもう!情けない子だねぇ、全く!」 「だから、オレの話も聞いてくれって。」 必死に頼み込む加賀美に、少しは耳を傾ける気になったのか、ヤエはしぶしぶ怒鳴るのをやめた。 「じゃ、言ってごらん。おまえの言い訳を。」 それでもヤエはブツブツ言いながらすわり心地のいいソファに腰をおろした。加賀美は借りてきた猫の如く、落ち着かない様子でヤエの前に正座するとポツポツと話し始めた。
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