「お呼びですか。」 白井とは違い、匠の急な呼び出しにも榊原は恐れた様子はない。 「用があるから呼んだんだ。」匠もまたそれを気にかけることもない。 「はい。」 「白井にも言ったが、加賀美を引き抜く。以前から構想していたレストランの料理長として迎えたいんだ。」 冗談を言っているような口ぶりにさすがの榊原も目をむいた。 「料理長から概略は聞きましたが、冗談ではないのですね?」 執事ともなると少々のことでは動揺しないらしい。それでもその声には即信じがたいといったニュアンスが含まれていた。 「冗談?何億ものプロジェクトを冗談で言う奴がいたら見てみたいものだ。これは真面目な話だ。」 じっと榊原を見つめる匠の瞳は静かな光を帯びていた。からかっている目ではない。榊原は初めてその話を真摯に受け止めた。 「では、だんな様にご報告しないといけませんね。」 「ああ、そうだな。」 「今度お帰りになられたら申し上げましょう。」 「いいや、これはビジネスの話だ。オレから言う。」 「そうですか。わかりました。 それで、いつから始められるのですか。」 「着工はまだ先の話だ。今はデザインを練っている段階だからな。しかし加賀美にはそこから参加してもらいたい。できればすぐにでもそっちに行かせて欲しいと思っている。」 「・・・承知いたしました。それでは今日中にでも加賀美を解雇させるよう、料理長に伝えましょう。でも明日から加賀美はどうすればよろしいのでしょう。そのあたりも言わないといけませんね。」 「明日は周防建設に来るよう伝えてくれ。時間は、そうだな。午後6時にしてくれ。学校が終わったらオレも行く。」 「かしこまりました。では早速そのようにいたします。」 会釈をして出て行きかけた榊原を匠が不意に呼び止めた。 「もし。早苗さんが起きたら今晩はゆっくり休むよう言ってくれ。ここに来て早々沙織の看病でカンヅメになっていたから、気が休まる事もなかっただろう。おまえと積もる話もあるだろうしな。今夜はオレがここにいるから来る必要はない。」 「・・・お心遣いありがとうございます。ではそうさせていただきます。」 再び軽く頭を下げて榊原は出て行った。
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