「外見の良い人でもいい人はいるわ。」優しい表情になる。 「そんな人間がいるわけはない。」 「まァ、そんなこと言って。匠さん。鏡を見たことがあって?」 「鏡? 顔を洗うとき誰でも見るだろう。」 「それなら口が裂けたってそんなこと言えないと思うわ。あなたより外見の良い人なんてどこを探してもいないわ。」 「くだらない。オレは自分の顔が一番嫌いだ。」一番嫌いだ、を特に強調し吐き捨てた。 「そんなこと人前では言わない方がいいわ。」 「それこそ馬鹿げている。ホストじゃあるまいし。いいか、人間の顔の良し悪しは内面からにじみ出てくるものなんだ。オレはそれしか信じない。そういう意味だ。」 「それならあなたは誰を信じているの?」 「完璧な人間はいない。でもそれに近い人はたった1人だけいる。」遠くを見つめる匠の目は異様な光を帯びている。 「誰なの?」 「得宗寺秀一。おまえの父親だ。オレはあの人に近づきたいと思っている。今はその足元にも及ばない。日が経つにつれあの人は遠ざかっていく。距離が一向に縮まらない。オレは毎日それを縮めようともがいている。イライラするほどだ。」ぐっと手を握り締め、ひと言ひと言を悔しそうに漏らす。そんな姿を沙織は初めて見た。これまで匠はパーフェクトに全てをこなし、望むものは全部叶ってきた。そんな男にも他人に言えない心の葛藤があったのだ。誰にも言えない悩みを打ち明けられ、沙織は感動のあまり顔を覆った。涙が止めどなくあふれ出す。それを見た匠の顔が歪んだ。 「何故泣くんだ。オレは自分でも結構強い男だと自負している。でもおまえに泣かれるとどうしていいかわからなくなるんだ。 泣くな!」とうとう怒鳴ってしまった。ところがいつもより若干弱めだ。それでも充分効果はあった。 「ごめん、なさい。 変よね、私ったら。」流れ落ちる涙を拭きながらも彼女の表情は明るい。 「おまえ、ふた目と見られん顔をしているぞ。今の顔を見たら生徒会長の恋心も一遍に冷めるだろうな。」 「そんな、意地悪ね。 会長さんも私のことなんて、もう何とも思ってないわ。」 そんなことはない。会長は今でもおまえのことが好きなんだ。喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。 「・・・あたりまえだ。おまえのことを本気で好きになる男がいたらお目にかかりたいものだ。」 つい憎まれ口をたたき、匠は照れくささを隠すためにあらぬ方向を向いた。
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