「・・・おまえに一軒、店をやる。これからはそこで腕をふるえ。いいな。」 突然、加賀美の身体が仰向けに倒れた。 「おいえ!おい!しっかりしろ!」 平手で数回殴られようやく気が付いた加賀美は、それまでの記憶がすっかりどこかへ飛んでいってしまった。 「あ、ああれ?オレ、何してんだ?あれ? 確か、厨房にいたはずなんだけどな。」ポリポリ頭を掻きながら起き上がってみたものの、かなり様子がおかしい。 「おい!」 その声にやっと匠の眼前に自分がいることに気づき、大きく目を見開いた。 「アアアアア。」言葉にならない。 これでは話にならないと匠も認めざるを得ない。仕方なく料理長を呼んで来いと命じ、加賀美を下がらせた。
「あれでは可哀想よ。」 事の成り行きを見ていた沙織が口を開いた。しかし匠はそれには何も反応せず、ただ黙って目の前の料理を平らげた。 「オレはそんなに恐ろしいか。」 かつて聞いたことのないセリフに沙織は持っていたティーカップを落としそうになった。 「え?何て言ったの?」もう一度、確認しなければならない。 「オレは周囲の人間から恐れられているのか。」 「・・そう、ね。物心ついたときから一緒にいる私でも世の中で一番怖いのは匠さんなんだから、他の人にとってみれば閻魔大王みたいな存在だと思うわ。だから匠さんと目が合うのが怖いのよ。機嫌を損ねたら一大事、と意識下に植えつけられているんだわ。」 「オレは好き嫌いで人を判断しない。」 「それは。あなたと付き合いの長い私や榊原さんしか知らないことよ。たいていの人はそうは思っていないわ。それに亜紀さんに対する態度を見る限りで言えば、その見方は当たっていると思うわ。」 「亜紀?あいつは二重人格だ。見てくれの良い奴に良い人間はいない。」 その名前を口にするのも不愉快だ、と言わんばかりの匠に沙織は目を見張った。
|
|