調理室はまさに戦場の様相を呈していた。夕食の準備に忙殺されている。それでも白井は柔和な微笑をたたえ、カメラの前に立った。 「どうかなさいましたか。」 「沙織に何か作ってやってくれ。それからオレの夕食もここに運んでくれ。」 オレの夕食、と匠が言った途端、白井の顔に緊張が走った。強張った口調で「かしこまりました。」と答えるとパッと画面が消えた。というより匠が切ったのだ。その後の調理場がどうなった匠は知る由もない。
かなり待たされた後、ようやく2人の食事が運ばれてきた。けが人である沙織には滋養のあるあわび粥とすっぽんの吸い物が用意された。匠の分はフランス料理のフルコースといっても過言ではない豪華な皿がテーブルにところ狭しと並べられた。それを見た匠の表情がいっぺんに険しくなった。 「これは誰が作った。」 機械的な声に給仕の動きが止まった。 「は、はい。加賀美というコックが。」 「呼べ。」 「は?」 「加賀美を呼べ。」 「はっ、はい!」 一目散に走っていく給仕を見て沙織が心配げに呟いた。 「大丈夫かしら。やはり私がやるべきだったんだわ。」 「おまえは口出しするな。」 「でも。」 「二度も言わせるな。」 加賀美が車での間、匠は眉間にしわを寄せじっとソファに身を沈めていた。 しばらくして耳を済ませていないと聞き取れない程度のノック音がした。 「入れ。」 低く沈んだ声にわずかにドアが開き、真っ青な顔をした加賀美が入ってきた。 「遅い!何分待たせるんだ!」まず一発目。 「ひぇっ!す、すみませんッ!」途端に加賀美は腰を抜かした。 「なぜ呼ばれたのかわかるか。」 抑揚のない声ほど冷たいものはない。今の匠はまさにそれだった。加賀美はただワナワナと震えるばかりで、口から飛び出す言葉はただ謝罪だけだ。 「オレの言ったことに答えろ!」 手こそ出さないが、匠は加賀美の前に仁王立ちになった。
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