慣れた手つきで額のタオルを交換し、今まで早苗が座っていたソファに腰を落ち着けた。 数分もすると匠は長い手足を持て余し気味にぐっと伸ばした。日ごろこんな風にただじっと座っている事などしたことのない彼にとってこれは大変な苦痛だった。苦痛以外の何ものでもない。身体を使わないときは頭脳が動き、頭脳が働かないときは身体が動いていた。だから今のこの状況は彼をすこぶる不安にさせた。何かしていないとどうにかなりそうだった。次第にタオルを絞る回数が増えてしまう。間近に中期実力テストがあるのを思い出し、参考書をバッグから取り出して開いたものの、文字を目で追うだけで一向に頭に入らない。こんなときは何をやってもムダなのはわかっている。ほどなく参考書は元の場所に戻された。どのくらい時間が経ったのかと時計を見ても長針はほとんど動いていない。チッと舌打ちをしてからおもむろに立ち上がり、さぁ、何をしよう。差し当たって部屋を行きつ戻りつ、してみた。それにしても、と立ち止まる。 (それにしても、女性というのは凄い。ひたすら看病だけにじっとしていられるのだから。)などと一般人なら普段考えないような事で感心する匠である。 クスクス・・・そんな匠の耳にさざ波のような忍び笑いが聞こえてきた。声の主は寝ていたはずの沙織で、いつ間にか目を覚まし、匠の様子を見ていたらしい。自分が笑われていたのは明白だ。ムッとした表情で匠はベッドに近寄った。 「何がおかしい。」それでもバツの悪さは隠しきれない。 「ごめんなさい。 でもさっきから匠さんがウロウロしていて寝ていられないのですもの。見て、額だって何度も冷やされてこんなに冷たくなってしまったわ。」 「オレにそんなことをさせて、さぞ気持ちがいいだろうな。」 沙織の額に手を当てるとなるほどとても冷たい。悪かったと言おうとしてつい憎まれ口が出た。 「そうね。でもあなたに心配されると落ち着かないわ。 私の顔、変でしょう?」 「ああ。普段でも変なのに、今は最高に変だ。四谷怪談の岩が出てきた感じだ。 それより腹は空いてないか。」匠の精一杯の優しさだ。 「少し、空いたかもしれないわ。」 変な顔と言われ、沙織は掛け布団を頭まで引っ張った。 「誰かに持ってこさせよう。」 そう言って壁に掛けてある電話を取り、白井と料理長の名を呼んだ。すると眼前にパッと調理室が映った。
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