「いいんですか?やっぱり則之1人じゃムリなんじゃないですか?」 調理場へ戻りながら中井は顔を強張らせ本音を漏らした。 「まず。ムリだろうな。」眉間にしわを寄せ白井も同意した。 「えっ?じゃ、料理長はできないとわかっていてあいつにやらせようとしているんですか?」中井の語尾が荒くなる。 「バカなことを言うんじゃない!ワシはあの子が可愛い。だからこそ、この試練を与えたんだ。匠ぼっちゃんは並の高校生じゃない。あの若さで人を見る目もある。そのぼっちゃんが、たとえ一時(いっとき)でも嬢ちゃんの代理を任せる、と言ってるんだ。ワシはあの子の可能性に賭けてみようと思う。 「可能性・・・で、でも、もし失敗したら・・あいつはどうなるんです?」 「失敗を恐れていては何もできん。だが、もしそうなったら・・その後は我々の出番だろう。それでもワシはそうならないと信じている。だからおまえも影ながらあの子を見守ってやってくれ。ただし、他の奴らにこの件は他言するな。パニックになるからな。 則之に第3調理室を与えてやれ。」 白井は中井に命じると、何食わぬ顔で調理室に戻った。
「あ、匠様。」 沙織の部屋に音も立てずに入っていくと、早苗が付きっきりで看病していた。腫れ上がった顔で寝ている沙織を見て、匠は今更ながら犯人を絶対許さないと思った。その険しい目つきを見て、早苗は怯え身体をすくめたが、相手を包み込む匠の落ち着いた態度に人知れず赤くなった。 「具合は。」 「は、はい。ずいぶん良くなられたようでございます。」 早苗の心中に全く気づいた風もなく、匠はホウと息を吐いた。 「そうか。 悪いね。 あなたに迷惑をかけてしまった。疲れただろう。代わるから少し休んでくれ。榊原に用意させたから気兼ねなく休めると思う。」 噂に聞いていた匠とは全く違うことに早苗は戸惑った。これが本来の姿なのだろうか。冷酷で無情というレッテルは虚構であり、温厚で情け深いというのが真の姿なのではあるまいか。ギャップの違いに混乱しながらも早苗は言われるがまま榊原の元へ向かった。
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