「は、はい。ずっとお休みでしたが、朝、一度気がつかれて榊原さんをお呼びになり、匠様のお世話を頼まれた後またお休みになられたそうです。」 料理人として一流と褒められ気もそぞろになった加賀美は頬を上気させ答えた。後片付けをしている彼を見て、匠は何を思ったか、突然その腕を掴んだ。ハッとして顔を向けた鏡の顔は一変して恐怖で引きつっている。これだけでも匠の存在がかなりの恐怖を与えているかがわかるというものだ。 「そんなに怖がらなくていい。 それより紙とペン持ってないか?」 「は? かみと、ぺん? ですか?」 「ああ。ペンは持っている。紙だ、紙。何でもいい。」 匠は加賀美がポケットから出したコピー紙に(表は朱雀高校内の地図が書いてあった)何やらサラサラとしたためそれを四つ折にし、また加賀美に手渡した。 「いいか。これを榊原に渡せ。それまで絶対、誰にも見せるな。もちろん、おまえも見てはいけない。いいな、万が一守れなかったらおまえは即刻クビだ。わかったな。 あとで様子を見に行く。」 時計を見ると1時半になろうとしていた。午後の授業は間もなく始まるが、幸運なことに匠の選択科目ではないため、沙織の欠席理由を説明するべく教官室へ足を向けた。
回廊で加賀美からメモを受け取った榊原は開口一番、そんなバカな!と声高に叫んだ。その表情はより加賀美を不安のどん底に突き落とした。何か不始末をしてしまったのだろうか・・・目の前に家族の顔がじわっと浮き上がってくる。 「本当に、匠さんがこれをおまえに渡したのか?」 2度、3度とメモと加賀美の顔を見比べる。喉に声がへばりついている加賀美は返事をすることさえできず、ただ小刻みに頷くばかり。 「確かに筆跡は匠さんのものに違いないが・・・本当に本当なのだね?」 何度も念を押す榊原に加賀美の恐怖は頂点に達し、そのまま気を失った。
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