「ここは?」 「お嬢様のお部屋でございますよ。」 柔らかな声に沙織は顔をその方向に向けた。しかし腫れあがった顔では思うように動かすことができない。 「ご無理をなすっちゃいけません。まだ直られていないんですから。」 声の主は労わるように優しく濡れタオルを交換してくれた。沙織はようやく目の端でその人物を見とめた。 「さ、なえ、さん?」 「はい。」 「どう、して。あ、なたが?」 「榊原の言いつけで私が看病させていただいております。ご気分は如何ですか?」 「ええ。ありが、とう。 私、すっかりあなたに、甘えてしまったの、ですね。ごめんなさい。 でも、どうして、ここに?」 辛うじて声が出ている状態の沙織を早苗は不憫になった。この世に生を受け、実母である琴絵が亡くなってからというものずっと気にかけてきたのだ。 「そのことはお嬢様がお元気になられてからゆっくりお話しいたしますから。今はお身体を休めることが第一です。もう一度、目をつぶって。 まぁ!どうなさいましたの!?」 突然ベッドから起き上がろうとする沙織に、早苗は彼女のどこにこんな力があったのか、と驚くと同時に慌ててその身体を押しとどめた。 「た、たくみ、さんは? 私、じっとしてなんかいられないの。」 「匠さんは今、警察です。ご心配なさらずお嬢様はお休みになって。さぁ。」 「でも。」 「大丈夫ですよ。戻られたらすぐ起こして差し上げます。ですから今はゆっくり・・・ね。」 母の愛情を知らずに育った沙織にとって、早苗の言葉はまるで魔法の如く彼女を従順にさせた。目を閉じた沙織の耳元で、早苗は優しく子守唄を歌った。そして再び沙織は深い眠りに落ちた。
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