「申し訳ありません。ぼくが悪かったです。有馬さんの立場を軽んじたつもりはありませんでしたが、気分を害されたのならこのとおり、謝ります。」 一転、下手に出た匠に、有馬のみならず真田までもが目を見張った。付き合いの長い人間ならそれが匠の手法だとわかるのだが、付き合いのない2人にとっては面食らう事だったに違いない。 「わ、わかればよろしい。私も少し言い過ぎた。これからは穏やかに話し合おうじゃないか。え?周防君。」 最後の『え?周防君』が余計なひと言なんだ。いつもそれで敵を作ってしまう。・・・真田は匠が今にも怒り出すのではないかと気が気ではない様子だが、匠にとっては具にもつかない程度のこと。冷たい目線で有馬を見やった。 「そうですね。ところでひとつ、伺いたいのですが、宜しいでしょうか。」 「な、なんだね。」一変して有馬の口調が優しくなった。とはいうものの、尊大な態度に変わりはない。 「ぼくが先ほど得宗寺家の名前を出した時、有馬さんは堂々となさってましたね。普通の人なら名前を聞いただけで震え上がってしまうんですが、なぜですか?差し支えなければその理由を教えてください。」 「ハッ!そんなことかね。簡単なことだよ。私はああいう輩が大嫌いでね。権力を笠に何でも通そうとする。おまけに財力があるから始末におえん。こちとら毎日タバコ代もケチっているのに、今日のランチは○○ホテルだの、ディナーは○○会館だのと、いい加減にしろって言いたいね。まったく馬鹿げとる。身を粉にして働いても俺たちは一生うだつの上がらん生活だ。だいたいだね。」 両肘をテーブルに付き、人差し指を立てて講釈を始めそうになった時、いいタイミングで真田が割って入った。 「警部。周防さんをお呼びになったわけは。」声に焦りが感じられる。 「おお、そうだった。ええと、なんだったかな。ああ、駒木たちのウラを取るんだったな。失敬、失敬。」 真田から供述書を受け取ると、有馬は改めて匠の顔を下から上へ、上から下へ舐めるように見てから口を開いた。 「これによるとだな。駒木たちはアニメゲイトという会社のゲームソフトの奪取目的で得宗寺沙織さんを誘拐した、とあるけれども、それで間違いはないかね。」 「ええ、間違いありません。」 別段、低姿勢になる必要はないのだが、この手の人間は下手に出たほうが用事は早く済む。ただ身体的にどうしても下手に出られないのがその長い足だ。普通に腰掛けていると有馬に当たってしまうため、匠は当初から足を組んでいた。それが有馬には許せないらしい。 「き、きみィ!その足は何とかならんのか!」 「すみません。ですがこうすると。」足を下ろし、真正面を向くと、ゴツン!と有馬の足にぶつかった。 「こんな風になるんですよ。申し訳ありませんが、このままでお許し願えませんか。」 「ん?ううむ。」 有馬も現に足と足がぶつかってしまってはどうすることもできず、しぶしぶ承知した。後ろで真田が必死に笑いをこらえている。 「―――― これが、脅迫状です。これに従ってぼくはディスクを持って公園に行き、指定の場所に置いてきました。その後、犯人とおぼしき人物の後を付け、あのビルに入ったのを見届けて真田さん達に連絡したのです。その後の逮捕劇についてはぼくの関知するところではありませんので聞かれてもお答えしかねます。」 脅迫状を見せられ、有馬は勢い良く引ったくった。食い入るように読み、匠の簡単な説明で納得したようなしないような、どちらともつかない顔をした。 「もっと詳しく説明してくれ。初めからこれは誰がどのようにして持って来たのか、きみはこれをどこで受け取ったのか。その後の経緯を詳しくだ。」 どうしても有馬は匠を解放したくないようだ。極力長期戦には持ち込みたくない匠は、一方的にたたみかけることにした。 「では。最初から説明いたします。」 それからの話には案の定、筆記者が根を上げるほどになった。
|
|