「鈴波早苗。という女性ですが・・・」 沢木が出て行くと改めて匠は切り出した。 「すずなみ?誰だ。」 「ご存じないのですか?榊原の妻女ですが。」 「おお!彼女は鈴波というのか。それなら知っている。それがどうした。」 「沙織の枕元に付き添っていました。あの人なら安心と思い、そのまま看病してくれるよう頼んできたのですが。」 「沙織の?それは知らなかった。おそらく榊原の配慮だろう。」 「なぜ今まで彼女の存在を公にしなかったのですか。ぼくも、いや、沙織でさえ彼女の存在を知らなかったんですよ。なぜなんです?」 「・・・・彼女を見ると沙織の母親を思い出すからだ。琴絵。沙織の母親だが、琴絵と早苗は主従関係を超えた絆で結ばれたとても仲の良い姉妹のようだった。常に行動を共にし、片時も離れなかった。私もそんな2人を見ているだけで癒され、仕事のことなど忘れてしまうほどだった。ところが琴絵が沙織を出産し、その後遺症でいとも簡単にこの世を去ってしまうと、私には早苗の存在が疎まれて仕方がなくなった。あの当時、早苗は榊原との結婚を控えていたのだが、私のわがままのせいで彼らは止む無く別れ、早苗だけがこの屋敷を去った。その上私は2度とこの家に近寄ってはならん。と禁止令までつけた。その後2人は極秘に結婚したらしいが、一切私には報告がなかった。当然だろう。私のひと言は天の声と同じ・・・前の料理長が老衰で死ぬ間際に言っていた。そういう主人に意見など言えるはずがないと。それから20年。ようやく私に謝罪の気持ちが生まれたのだ。だから榊原に妻子を呼び寄せ一緒に暮らすよう命じた。」 「そ、」反論しようとしたが、榊原の出現により中断された。 「お呼び、と伺いました。ご用件は何でございましょう。」 「・・・呼んだのはオレだ。」 「匠さんが?」 「そうだ。おまえに聞きたいことがある。」 「何でしょうか。」 「真面目に答えるんだ。いいな。」 「はい。」 「さっき、病院で鈴波早苗に会って来た。そして今、おまえ達のことを会長から聞いた。・・何か言いたいことはないか。不平不満、何でもいい。言ってみろ。責任はオレが取る。言いたいことが絶対あるはずだ。全部吐き出してくれ。」 「―――― 責任を取る。 いったいどういうことでしょうか。私には何もありません。それに高々高校生のあなたに何ができるというんです。それにあなたはいったい、私たちの何を知っているというのです?思い上がるのもいい加減にして下さい! だんな様。ご用がないのでしたら私は失礼いたします。」 一礼して立ち去ろうとする榊原に秀一が声をかけた。 「待ちなさい。」
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