学校から周防家までは徒歩で30分の距離である。車にするとせいぜい10分、といったところか。匠を乗せた車は周防家には向かわず真っ直ぐ得宗寺家へ入った。周防の家も大きいが、得宗寺家に比べればマッチ箱程度だ。得宗寺家は総面積が10万坪、敷地面積だけでも4万坪はあった。したがって正面から玄関まではかなり距離があった。 執事の榊原の案内で匠はこの家の主、得宗寺秀一のプライベートルームに通された。秀一は電話中だった。フランス語で応対していたが、幼少時から外国語を学んできた匠にとって内容を理解するのは容易だった。取引先でトラブルが発生し、トップである秀一に泣き言を言ってきたのを何とか処理しろ、と命じていた。何とか相手をねじ伏せ電話を切るとようやく視線を匠に向けた。こういった場合、先に目を逸らした方が負け、と決まっている。匠もじっと相手の目を見た。時計の針音だけが異常なほど大きく聞こえた。5分、10分・・・段々と匠の神経は氷のように冷えてきたが、何も考えずただじっと相手を見つめた。 「沙織に見合い話がある。どう思うかね。」 根競べの結末がこの質問だった。予想もしていなかった話に戸惑いながらも匠は物怖じすることなく答えた。 「いつかは。そういう話があると思っていました。 相手はどういう男ですか。」 「私に質問する人間がいるとはな。・・・まぁ、良かろう。 相手はある国の皇子だ。」 「皇子。ですか。 あなたに見込まれた人間をひと目見てみたいですね。」 「皮肉かね。そういう君はどうなんだ。私が何も知らないと思っているようだが、沙織に関することは全て把握しているつもりだが。」 「それは僕も承知しております。榊原のすることは手に取るようにわかりますから。なにしろ小さい頃から一緒でしたからね。」 「ならば。この縁談に対して何とも思わんのかね。君は娘のことを顎で使っているようだが。」 「それとこれとは別です。」 「どう違うのだ。君は将来どうするつもりだね。沙織と結婚するのか。」 秀一は眉をひそめた。
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