中庭まで行くとようやく匠は足を止めた。振り返って沙織を見ると何か気になることがあるのか下を向いたままだ。 「・・・オレは遅れたことについて何も言うつもりはない。何か言いたいことがあるなら言ってみろ。」 「な、何でもないわ。・・急に用事ができて・・ごめんなさい。・・・私・・・」 腰まで届くほどの髪がサラサラと音を立てるように流れた。 「・・・幸運なことに午後の授業は休講だ。・・・練習時間までにはまだ時間がある。・・ゆっくり食べることにしよう。・・・もういい。」 きびすを返すと匠は沙織を残しその場を後にした。
その放課後。意外なところから沙織の遅れた原因が判明した。同じ剣道部の部員が偶然目にした光景をご丁寧にも匠に注進に来たのだ。 「生徒会長が彼女に告ってたんだ。彼女は急いでいるようだったんだけど、会長に何度も引き止められてたぜ。彼女優しいからイヤだって言えないみたいでサ、結局最後まで会長のくだらない自慢話につきあわされて、最後になってやっと僕と付き合ってくださいって言ったんだ。オレ彼女が可哀想になってサ、助けてやろうとしたら、やっと急いでるからって言って走って行ったんだ。 おい!聞いてるのか!お前の彼女だろ?気にならないのか?」 迂闊だった。今まで沙織に男が近寄りそうになると匠は事前にその男を呼び出し脅しをかけていた。100%の男が得宗寺家の名を口にすると慌てて自分お過ちを認めていた。すなわち、沙織に告白する勇気のある男はいなかったということだった。それなのになぜ今頃になって。しかも生徒会長だと!あのニヤケた奴が?匠は霧消に腹が立ってきた。そのまま竹刀を握ったため普段よりも力が入り、練習にもかかわらず、相手をさんざんな目に遭わせてしまった。 帰宅途中もその怒りは収まらず、珍しくイライラしながら歩いていると携帯が鳴った。見慣れない番号だったが、耳に当ててみると低い声が聞こえてきた。 「匠君だね?」 それは確認というよりは断定する響きだった。 「は、い。」 彼の怒りが瞬時に消えた。本能が怒りを抑えろ、と忠告したようだった。 「私がわかるかね。」 相変わらず断定的な声だ。 「・・・はい。」 匠にはそれが誰かはっきり認識できた。今まで一度も聞いたことはなかったが、同じ空気を持った人間ならばすぐわかる声だ。 「今すぐここへ来なさい。」 「お戻りになられたのですか。」 彼の問いに対する答えはない。自分の用件だけ言って電話を切ってしまったためだ。呆然とする匠に後ろから来た黒塗りの車が彼を追い越して止まった。中から2人の屈強な男が現れ、匠を両脇から挟み、中へ連れ込んだ。すると再び車は音もなく走り出した。
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