亜紀だった。匠に自分の作った料理を拒否され、二度と来ない!とタンカを切ったものの諦めきれず、こっそり匠の後をつけていたのだ。ストーカーというほどではないにしろ、友人には公然と私の彼よ。と言ってはばからない。匠と沙織の関係を知らぬ者はどこを探しても校内にはいないので、亜紀のひとりよがりと陰口を言う者がほとんどだった。しかし表立ってそれを咎める者もいなかった。どうなるか高見の見物といったところだろう。 亜紀の身体から猛烈な怒りがほとばしった。(絶対許せない!この私にあんなことをしておきながら、あの女にあんなことをするなんて!)当然怒りは匠に向けられた、はず、だった。ところが彼女の怒りの矛先は沙織に向けられた。(私の匠兄さんにあんなことをさせるなんて!許せない。)匠がいなくなると亜紀は音もなく沙織に近寄った。 「あなたいったいどういうつもり!ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」 手を腰にあて、さながら女王様気取りだ。前に立ったのが誰なのかも判断できぬうちに高飛車に怒鳴られ、沙織は戸惑った。 「え? あ、亜紀さん? どうかなさったの?」立ち上がるのも忘れ、ペタンと座ったまま呆けたように答えた。 「どうかしたもないものだわ!さっきのこと忘れたとは言わせないわよ!立ちなさいよ!あなた、お兄さんにもう近づくなって引導渡されたんじゃなかったの!それなのに何よ!どういうつもり!」 ピリピリと眉がつり上がる。身体全体が怒りで震えているのだ。 「 ごめんなさい。 何のことだかわからないわ。 なんだか変なのよ、私。・・・どうしたのかしら。 え?さっきのことって何かしら。 私・・・ああ、どうしたのかしら。思い出せないわ。・・変な気分だわ・・ごめんなさい。 私、失礼するわ。」 頬に手を添え、もう一方の手にはバスケットを携え、校舎とは反対方向へ歩き出す沙織。亜紀の怒りのオーラはいつの間にかしぼんでいた。
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