「お兄さん。お昼一緒に食べましょう。」 その日も亜紀は昼食の時間になると匠の教室にやって来た。朱雀高は男女別に分かれているのでそれぞれの校舎に行くのはかなり勇気がいった。お互い好奇の目で見られるからだ。それに今は携帯電話があるので、わざわざ校舎に行かずとも相手を呼び出せるので生徒達は敢えてそんな苦労はしなかった。それにもかかわらず亜紀は男子の、しかも上級クラスに来るのだから噂にならないはずはない。加えて可愛いときている。たちまちのうちアイドルになってしまった。だが相手が匠では表立って彼女にちょっかいをかけようとする者はいなかった。 「ああ。」 匠も愛想良く(彼にしてみれば)答え、亜紀を伴い学食に行った。ここの学食はビュッフェ形式を採用し、学校関係者なら誰でもただ同然の金額で栄養万点の食事を楽しむことができた。しかし匠はそれさえも一度たりとも口にしたことはなかった。毎日沙織の美味い手料理を食べていたからだ。 ところが今日に限っていえば、先に来て準備を整えているはずの沙織が来ていない。こんなことは初めてだった。一体どうしたのか。動揺を表に出すようなことはしない匠だったが、内心不安を覚えた。 「どうしたのかしら。沙織さん。お兄さんを待たせるなんてひどい人ね。私なら絶対待たせるようなことはしないのに。」 亜紀が可愛いのは顔だけだった。 待つこと30分。ようやく待ち人がやって来た。いつになく慌てているのがその動作からわかる。 「沙織さん!いったいどうしたのよ!お兄さんをこんなに待たせるなんて非常識にもほどがあるわ!」 しびれを切らし亜紀が怒鳴った。 「ご、ごめんなさい。急に用事ができてしまって。 待ったでしょう。 すぐ準備するわね。」 そういいながらバスケットを広げ準備をし始める沙織の様子が普段と少し違うことに匠は気付いた。亜紀がキンキン声で騒いでいるのを尻目に、匠は沙織の手首を掴むと何も言わず外へ出た。あまりの素早さに亜紀は言葉を発する事さえできなかった。
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