「まぁ。 どんな約束をなさっていらしたの?」 沙織の問いにも早苗はただ首を振るばかり。何とか重い口を開かせようとなだめたりすかしたり、沙織の努力は並大抵のものではない。いつもこんな風にして情報を聞き出しているのか、匠はある意味沙織の手腕を誉めたくなった。ところがそれでも早苗は口を開かない。途方に暮れたかと思いきや、沙織は予想外の行動に出た。急に立ち上がると一旦リビングを出て行き、しばらくして戻って来るとその両手には2人分の料理を載せたトレイがあった。 「匠さんはさっき食べたからいらないわね? さぁ、早苗さん。おなか空いたんじゃありません?実は、私、おなかがペコペコなんです。一緒にいただきましょう。 私が作ったものですからお口に合うかどうかわかりませんけれど。どうぞ。」 沙織は早苗の手に箸と茶碗を握らせると自分から先に食べ始めた。いくら空腹だとはいえ、沙織は良家のお嬢様だ。ガツガツ食べるはずはないのだが、今回に限り、匠の目には焦って箸を口に運んでいるように映った。しかもろくに味わっていない様子だ。早苗に対し、どう対処していいのか方法を模索しているのかもしれない。それでも早苗の目には沙織の食べ方は優雅に見えたようだ。再び泣き始めた。 「あら、ごめんなさい。私ばかり。・・さぁ。ご遠慮なさらず。 もしかしてらこの人のことを気になさっているの? この人は。」 そう言いかけたところで早苗の口から意外な言葉が出た。 「周防匠様。 ですね。存じ上げております。そしてあなた様は得宗寺沙織さま。 「え?!」 驚きのあまり匠と沙織は顔を見合わせ、目をしばたたいた。なぜオレ達、私達のことを知っているのだろう。2人の驚きぶりを見て早苗の口元にかすかな笑みが浮かんだ。 「申し訳ありません。びっくりさせてしまいました。・・私・・お2人のことを存じ上げております。・・特に、沙織様のことはご出生の際から。」 相変わらずハンカチをもみくちゃにしているが、その表情には落ち着きが見えてきた。 「私が?生まれた時から? いったいどういうことですの?」 「はい。私も立ち合せていただきました。それはお美しいお嬢様でございました。奥様は元々お身体の丈夫な方ではございませんでしたが、それはもう、とてもお喜びになられて・・・昨日のことのように思い出されます。」 早苗の目には懐かしさだけではないものが浮かんでいた。 「・・本当はこちらに伺うべきではありませんでした。でもどうしても主人に会わなければいけなくなって・・」 「ご主人?あなたのご主人がうちにいらっしゃいますの?いったいどなた?」 2人を良く知っているというこの女性の言う主人とはいったい誰なのだろう。さすがの匠も思案が浮かばない。なにしろ得宗寺家で働く人間といったら数知れないのだ。それを1人だけに特定することなど不可能に近い。もう少し情報が欲しい。匠の頭は徐々に回転してきた。 「いいえ。私がここに来たせいでご宗家に迷惑がかかってはいけません。これで失礼いたします。 あの・・本当にお2人とも大きくなられて・・・奥様もお喜びでございましょう。」 あとは嗚咽ではっきり聞き取る事ができない。早苗は沙織が止めるのを振り切って周防家を飛び出した。
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