泣きながら食器の片付けを終え、自宅に戻ろうとした沙織は、ふと、裏門の前にたたずんでいる女性を見かけた。黙って見過ごせばどうということはないのだが、彼女にはそれができない。思わず声をかけた。その女性はハッとした様子で立ち去ろうとしたが、素早く沙織に腕を掴まれ顔を背けた。 「この家に何か御用ですか?」 「い、いいえ。」 「どなたかをお尋ねになられたのではないのですか?」 「いいえ、違います。」 よく見ればまだ若そうだ。身なりは質素だが、悪印象を与えるものではない。仔細があると踏んだ沙織は自宅へ招きいれようとしたが、その女性は強固にそれを拒んだ。寒い季節ではないといっても夜は冷える。沙織は再び周防家に引き返した。
正彦夫婦が帰宅していないのでその女性をリビングに通し、沈む心を叱咤し、匠を呼んだ。初め、拒否されたが必死で頼み込み、彼を部屋から連れ出すことに成功した。見慣れている沙織にとって匠の出現は心強い限りだが、無表情で現れた匠を見て女性は怯んだ。なにしろ上背がある上に美しい顔立ちをしているのだ。そういう男がムッツリとリビングに入ってきたのだ。並みの人間ならおびえるのも無理はない。 「大丈夫ですわ。この人はきっとあなたの力になってくれます。事情を話して下さいますわね?」 相手を包み込む沙織のオーラは、かたくなな女性の心を開いた。それでも匠に気を遣い顔を上げようとしない。 「さぁ。お顔を上げて下さい。私になら話せるでしょう?この人は無視しても平気ですから。ね? さぁ。」 匠は無視、という言葉に眉をひそめたが、こういった場合の沙織には逆らわない方が良い、ということを知っていた。 「は、い。」 ようやく顔を上げた女性はやつれた表情をしていたが、とても美しい顔立ちをしていた。
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