「そんな・・そんなこと・・」 「オレはおまえのためを思って言っている。」 「ででも、そうしたら匠さんどうするの?食事は?お掃除は?お洗濯は?」 「そんなものはどうにでもなる。おまえがどうこう気にする事じゃない。」 「そんな・・・」 「明日からそうしろ。わかったな。」 「・・・イヤ・・」 「なに。」 「イヤって言ったのよ!そんな、そんなのあんまりだわ!」 今まで一度たりとも反抗したことのない沙織が初めて涙ながらに訴えた。 「口答えするのか。」 どんなことでも唯々諾々としてきた沙織の抵抗に戸惑いを隠せない匠。 「だって、だって、私からあなたの世話を取ってしまったら、生きている意味がなくなるわ!お願い、匠さん。他のことなら何でもするわ。顔を見せるなというならそうします。でもそれだけは奪わないで!おねがい・・・」 その場で泣き崩れる沙織に、匠は動揺を気取られまいとことさら強く言い放った。 「勝手にしろ!」 苛立ちを言葉に変え、キッチンを出るとそのまま匠は自室に再び篭ってしまった。
「榊原か。話がある。・・来客?・・そうか、じゃ明日。」 これまで難問が発生すると必ず匠は榊原に相談してきた。沙織の抵抗は匠にとっておよそ皆無に等しかった。他の人間に反対されることはこれまでもあった。匠の性格からして味方もいれが、敵対する人間もかなりいた。それでも本来の姿勢を変えることなく生きてきた。それが絶対あり得ない人間の抵抗にあったのだ。理由はどうあれ、沙織の口から拒絶の言葉が出ようとは思いもよらなかった。その優しさから匠が友達をからかったりしたときなどは諌めることは何度かあった。ところが自分のことで拒むことがあろうとは。今でも信じられない。4日後に大会を控え、彼の神経はピリピリと張り詰めていた。
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