すっかり片付け終えたのがそれから2時間後。外はすっかり暗くなっていた。匠の父、正彦が帰宅し事の顛末を知ると、ヤレヤレとつぶやき胸を撫で下ろした。 「いや、私もね、亜紀ちゃんには閉口していたのだよ。あの子は言っても聞く耳を持っていないからねぇ。実際こうなって正直ホッとしたよ。沙織ちゃんなら大歓迎なんだが、あの子は・・・ね? さぁ!母さん、今晩はお祝いに外食でもしようか!」 外食はほとんどしない匠を置いて(いつものことだが)2人は仲良く出かけて行った。残された沙織は息つく暇もなく匠のために夕食の準備を始めた。
匠の好物のポテトサラダ、ひじきの煮物、サバの味噌煮、鳥のから揚げ、きゅうりの一夜漬け、デザートのりんご。和食が主体のいつも通りの食卓だ。さきほどとは違い、今度の匠はすこぶるおとなしい。作ったのが沙織だとわかっているせいだ。それを見て沙織の心は複雑だった。匠が余人の手料理を口にしないことは本当にうれしい。もしも一生このまま暮らせるのなら・・・逆にそうならなかった場合・・・想像しただけでも身震いしてしまう。 「なんだ。」 黙々と箸を動かしているだけの匠に突然声をかけられ、下手な弁解までしてしまう。 「あ、あの。今日のごはん、どうかしら。お口に合うかしら。」 「くだらん。おまえの頭には考えるという能力がないのか。」 「ごめんなさい。」 「ったく、いちいち美味いかどうか言わないと作れないのか。」 「そ、そういうわけじゃ。」 そこで会話が途切れた。再び箸を黙々と動かす。と思いきや、匠はパタと箸を置いた。目を見張る沙織を匠はじっと見つめた。 「得宗寺秀一氏からオレは得宗グループの極秘情報を2週間で掌握しろと言われた。見返りは次期総帥の椅子とおまえだ。しかし、オレは断った。どちらにしても荷が重過ぎる。それにお互い一人っ子だ。グループに興味がないのかと聞かれたから、ある。と答えた。するとそれが出来たら即刻社長だと言われ、できなくとも10年後には社長の椅子をやる、と言われた。おまえと共にな。オレの性格を熟知したやり方で克服させようという魂胆だ。オレも初めはTry していたがおまえの見合い話でブチ切れた。オレはこの件から手を引く。決められたレールの上を歩くなんて真っ平ごめんだ。 つまり、オレの将来は多難ということになる。周防建設は得宗グループの傘下に入っている。オレが秀一氏に歯向かうということはすなわち、周防建設の行く末は見えているといってもいい。それでもあの人の言いなりにはなりたくない。―――― おまえ。いいかげんにオレから離れろ。 そうしないとおまえまで巻き添えを食うぞ。」 「えっ。」 「もうこの家に来るな、と言ったんだ。」 突然の匠の絶縁宣言に沙織は、一瞬、言葉を失った。
|
|