週末。完治しない身体をピンクのドレスで着飾り、沙織は父の命令通り、あるパーティに出かけた。それはナーベルシュタインという欧州の小さな国の皇子歓迎式典だった。匠に任せておけば大丈夫、という榊原の言葉に勇気付けられ来たものの、沙織の心は重かった。ここで失敗すれば得宗グループのみならず、国対国の問題にまで発展しかねないからだ。
型通りの挨拶をしていると、突然、高らかにファンファーレが鳴った。いよいよ今夜の主役ナーベルシュタイン第3皇子、ツェンベルの登場だ。大きな拍手と共に現れたのは、皇子というイメージからはほど遠い、50がらみの小男だった。小さいだけならまだしも、髪も薄く、おまけにかなり太っていた。彼を見た瞬間、沙織は卒倒しそうになった。普段、彼女は外見だけで人を判断する女性ではなかったが、これではあまりにもひどすぎる。そう思った。沙織はギュッと目をつぶり心の中で叫んだ。(匠さん!)しかしこの試練に耐えなければならないのだ。 皇子はそれぞれの代表者に笑顔で応対しながら沙織の2人前まで近付いた。万事休す!ついに観念した。その時、不思議なことが起こった。皇子がその人の前に立ち止まったまま動こうとしないのだ。侍従が気を利かせ皇子を促してもあいまいな返事をするだけで1人の人物との会話に夢中になっている。対面する。それさえもイヤなのにその時間が遅くなるのはもっとイヤだった。重く沈んで行く沙織の耳に後ろからヒソヒソと声がした。 「皇子は男色らしいのですよ。今回はそういう男がいないとタカをくくっていた重臣たちはあれを見て慌てているでしょうね。」 「そうなんですの?確かにあの方はお美しいですわね・・・」云々。 (あの皇子が?・・)沙織はさらにショックを受けた。お父様はこんな人に私を嫁がせようとしていたのだわ。 打ちひしがれた彼女の腕をそばに控えていた榊原がつついた。顔をあげるとそれは榊原に扮した匠だった。 「た!」 シッ!と人差し指を口にあて、匠は少しづつ沙織を後方へと導いた。人の目に触れないところまで注意深く移動すると、2人は急ぎ足で会場を出た。外には全てを了解した本物の榊原が車を待機させていた。 その車に急いで乗り込むと、匠はホウ!と大きく息を吐いた。展開の速さに沙織は驚くばかりで何が起きたのか理解できない。問いたげな眼差しに匠は面倒くさそうな表情をしたが、説明が必要だと思ったのか少しづつ話し始めた。
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