「榊原。」 「はい。」 「オレが浅はかだった。テストなんていう言葉に踊らされ、とんでもない間違いを起こすところだった。オレはこの件から降りる。」 怒りで身体中が爆発しそうなのとは逆に、匠の口から出た言葉は非情に冷たいものだった。 「では、お嬢様をこのまま見殺しにするおつもりですか。」 「誰がそんなことを言った。それとこれとは別だ。オレは得宗グループの覇権など、ひとつたりとも欲しくはない。ただ沙織に関しては問題が違う。あの日。オレはおまえに言った。こいつをくれ、と。それは今でも変わらない。こいつが自分から離れていかない限り、オレは手放すつもりはない。」 「匠さん・・・わかりました。あなたの覚悟がそれほど強いなら、私は総力を上げてあなたの力になりましょう。」 年はかなり下だが、榊原は匠に畏敬を感じた。この人なら余生を賭けても惜しくはないと。
沙織の意識はその後3日間戻らなかった。その間匠は人任せにすることなく看病をし続けた。常人なら看護している方が倒れてしまうほど根を詰めていたが、匠の体力はその程度で参ったりはしなかった。 それでも3日目の夜ともなると、疲労が身体全体に押し寄せた。ついウトウトしかけたところを誰かに呼ばれた気がしてハッと顔を上げると、視線の先に沙織の顔があった。 「気が、ついたのか。」嬉しいのだがその感情を上手く表現できない。それでも沙織には十分通じた。 「匠さん・・・ありがとう。・・傍にいてくれたのね。」 「馬鹿なことを言うな。オレはついさっき来たところだ。」 「・・・そうね・・・」 静かに微笑む沙織に匠の強がりも効き目がない。 「ったく。おまえのせいでオレはずっと食事抜きだ。オレが倒れたらどうするつもりだ。」 「あ、 ごめんなさい。 次からはちゃんとするわね。」 「おまえ。 見合いしろ。」 「え?」 「見合いしろ。」 「そんな・・・」 「おまえだってわかっていたはずだ。お互い一人っ子だしな。特におまえの肩にはどでかい会社がついている。それなりの男でなければやってなどいけない。」 「そ、そんな。」長じてから泣くことなどあまりなくなった沙織だったが、匠の言葉にポロポロと涙をこぼした。 「・・・そんなにイヤか。・・・返事がないということはイヤだ、ということか。・・・おまえにはこれまで随分世話をかけた。・・・そんなにイヤなら今回だけは助けてやる。」 「え?」 「助けてやると言ったんだ。何度も言わせるな。」 「ごめんなさい。でも、本当なの?」 「ああ。それにはおまえがその席上にいることが不可欠だ。オレに考えがある。かなり無謀なやり方だがな。」 「匠・・さん?」 沙織は不思議そうな目で匠を見上げた。
|
|