「実はお願いがあって無礼を省みず来てしまったんです。」 「え?」 「さっき山本さんの態度にひどく感動して、どうしてもぼくの願いを聞いて頂きたいと思いました。」 「なんですか、いったい。」 「山本さんの坂本さんに対する友情に、です。ぼくにはあれほど真剣になれる友達はいません。どうかぼくの彼女として付き合っていただけませんか。あ、イヤなら友達から始めても結構です。ぼくと付き合って下さい!」 必死の形相で匠は真央に頼み込んだ。拝み倒したと言っても過言ではない。しかし当の真央としてはにわかに信じ難い。天下の周防匠が自分のような平凡な高校生に交際を申し込む?天地がひっくり返っても有り得ない事だ。でも・・・世の中に絶対なんてないんだわ、と思い直した。 「と、得宗寺さんはどうするの?」知らず知らず上目遣いになり媚を売る。 「きみが気にすることはないよ。元々幼馴染みというだけでそれ以上の気持ちはお互いないから。」 「そうなの?」疑わしそうな目が一挙に喜びに変わる。 「そうさ。きみに会うまでの前座のようなものだったんだ。これからはきみ一筋に生きるよ。だから付き合ってくれないか?」 ありったけの笑顔で真央を見つめ、しなやかな手でその手を握る。かつて匠は女性に対し自分からアプローチしたことがなかった。する必要などなかった。ただ匠がその気にならなかっただけで、もし少しでも脈ありの態度を匂わせたなら何十人、いや数え切れないほどの女性がその虜になっていただろう。それゆえ、真央に対し匠が取った行動は万に一つの奇跡に等しかった。 「うれしい!あたし、いっぱい尽くすわ! ああどうしよう! ねぇ、みんなにこのこと話てもいい? いいわよね!」 大はしゃぎの真央に匠は少し困った顔をした。 「それはちょっと・・・みんなじゃなくて本当に仲のいい友人だけにしてくれないかな。だって、ホラ、ぼくの立場ってものもあるし。ね?」 「そ、そうよね。うん、わかった。じゃ、そうする。・・・でもウソみたい! あたしがあの周防匠の彼女だなんて! ねぇ、匠って呼んでいい? ア、もちろん2人きりの時よ。それ以外はヒミツですもんね! あ―――!うれしー!」 今にも飛び上がりそうに喜々とする真央。途端に隣に座りしなだれかかると、顔を匠の方に向け目を閉じ唇を突き出した。キスしてくれという意味なのだろう。匠は額にキスするにとどめた。 「今日はこれで我慢して。だって最初から飛ばしたらあとの楽しみが無くなるだろう? ・・・ねぇ、それよりきみン家、誰もいないの?」 真央は少し不満そうに唇を引っ込め、渋々その質問に答えた。 「うちは両親が離婚して妹はお父さんのところにいるから、あたしはお母さんと2人暮らしなの。お母さんはトラックの運転手してるから何日も帰って来ないことがよくあるわ。今日もどこにいるのかわからないし・・・だからあたし、将来絶対玉の輿に乗るって決めてたの。そしたらお母さんにも楽させてあげられるし・・」 「そうか・・じゃ、これからはぼくが全面的にバックアップしよう・・今日はもう遅いし明日も学校で会えるからこのまま帰るよ。名残惜しいけどね。」 そう言って立ち上がると匠は真っ直ぐ玄関に向かい外に出た。といっても小さな家のこと。匠の歩幅ではものの4、5歩程度で外に出ることができた。
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