ちょうどその時、ドアが開き匠が袋を携え入って来た。少し時間を置いたせいか、さっきとはちょっと違う、と真田は感じた。 「お待たせして申し訳ありません。」 そう言ってチラッと沙織を見た。すると沙織は用があったら呼んで下さいと言って出て行った。 沙織がいなくなると真田は正直がっかりした。彼女との会話をもう少し楽しみたかったからだ。その様子を見て匠はフッと口を緩めた。 「あなたは正直な方だ。沙織を追い払った僕が恨めしいでしょうが、これから話すことを聞かせたくなかたんですよ。ですがお気に召されたのなら後ほどまた呼びましょう。」 「は?あ、いや、それは・・いえ、それには及びません。」真田は真っ赤になって手を振った。 「そうですか?僕が入って来たときの様子では楽しそうに見えましたけれどね。」 「や、まいったな。 前にお会いしたときも美しい人だと思っていたのですが、今日またお会いしてみて更に美しくなられたような気がします。美男美女のカップルというのはあなた方のことを言うんですね。」 美男美女。その言葉に匠は眉を顰めた。彼の忌み嫌う文言の1つだからだ。だがその微妙な変化も沙織を想い舞い上がっている真田の目には映らなかった。 「少なくとも!・・」 思いの外、声の調子が強かったのかハッとして真田は匠を見た。 「あ、失礼。 少なくとも、僕は普通だと思いますけれどね。」 「ふつう? あなた方が? ご冗談でしょう! 飛んでもありませんよ。 ねぇ?普通じゃありませんて。 常にお互いを見られてるからでしょうかねぇ。サラッとそんなこと言えるなんて。 私などとは美しさの基準が全ッ然違いますよ。」改めて真田は驚きの声を漏らした。 「冗談はこのくらいにしてそろそろ本題に入っても宜しいでしょうか。」 一刻も早く匠はこの話題から逃れたかった。沙織が話の種にされるのは昔から嫌だったからだ。しかしその思惑を知り合って間もない真田が汲み取れる由もない。慌ててメモ帳を持ち直した。 「さっき、沙織が言ったことを確認してきたのですが。・・」そう言って長い足を左右組み替えた。 「はい?」 「脅迫の件ですよ。その確認と調査のために席を外したのですが、意外に時間を食ってしまいました。従業員の口が堅くてなかなか話してくれず困りました。」 「えっ?そうだったんですか? 私はてっきり・・」また頭を掻いた。 「あんなことくらいで腹を立てていたらあの大ボケとは付き合えませんよ。 気分を害したことは認めますが、だからといってワンクッションを置くほどじゃありません。 執事に確認しに行ったんです。 ところで、脅迫の件は事実でした。彼らはなるべく沙織に悟られないようこういうものを処分していたそうです。」 匠は持ってきた袋からあるものを取り出した。それはカミソリの刃が数十枚と脅迫状の数々だった。榊原はあまりの多さにそれとなく沙織に坂下なる女性のことを聞いたらしい。そこで初めて脅迫が屋敷の内外で行われていたことを知ったというのだ。度重なる脅しに榊原は家を預かる執事として主である秀一か匠に報告しようと進言した。ところが当の沙織が自分が我慢すればいいことだから、と事を大きくしないで欲しいと涙ながらに訴えられ、榊原もやむなく承知した。それ以降、彼らは沙織の目にそれらが触れぬよう注意を払ってきた。ということだった。今にして思えばせめて匠にだけは打ち明けておくべきだったと反省していた。 「そうだったんですか。・・お気の毒に・・」真田はつい本音を漏らした。 「結論から言えば、執事たちが義父ないし僕にひと言でも報告していればこういうことにはならなかったかもしれないし、逆にもっとひどい結果になっていたかもしれない。どちらにしても明るい結末にはならなかったとは思いますが。」 匠はフッと息を吐き天井を見上げた。その顔は苦悩しているようにも見て取れるが、凡人の自分にはこのスーパー高校生がいま、何を考えているのか到底わからないだろうと真田は感じた。
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