「いいえ・・匠さんの気持ちは私にもわかりません。・・・けれど、私にはあの人がすべてです。もしあの人の傍にいられなくなることがあったなら、たぶん、呼吸すらできなくなってしまう。と、思います。それはあの人が私の前に現れたときから変わっていません。」 穏やかだがはっきりと言い切る沙織に真田の心臓は急にドクドクと音を立てて動き始めた。その衝撃で身体が前後に揺れているのがわかった。これほどまでの強く激しい想いが存在することをこれまで生きてきた中で経験したことがなかった。相手は自分よりひとまわりも若い高校生である。子供ともいえる年齢の人間に魂を揺さぶられるとは。そんな真田の妄想を見抜いたかどうかわからないが、沙織は改めて穏やかな微笑みを向けた。 「でも・・このことはここだけの話にしてくださいね。・・これ以上匠さんの重荷になりたくありませんから。私は匠さんにとって空気であればいいんです。」 「そんな、空気だなんて。あなたのように美しい人を空気と思える男がいたら是非お目にかかりたいです。」 真田は正直な気持ちを口にした。今の彼は自分の職務を完全に忘れていた。 「まぁ! 警察の方がそんなご冗談を仰るなんて。」 「じょ、冗談はないです!本当のことッす!」 「そんな風に仰っていただいたら女冥利に尽きますわ。でもそれは真田さんの奥様に仰って差し上げるべきですわ。」 「いやぁ。」途端に真田は真っ赤になって頭を掻いた。 「そう言える相手がいればいいんですけどねぇ。 実は恥ずかしながら私はまだ独身なんですよ。35にもなって、と未だに母親に叱られるんです。」 「まぁ! ごめんなさい! そうとは知らなかったものですから。」 「いいえ、慣れてますから。これでもいずれは所帯を持とうとは思ってるんですよ。ただこんな仕事をしてますから来てくれる人がいるかどうか・・・」 「大丈夫ですわ。真田さんを心から愛してくれる女性はきっと現れます。それまで焦る必要はないと思いますわ。」 美しい顔を少し傾け微笑む沙織に、真田の心臓はまた激しく動き出した。
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