「坂下さんのことなのですけれど・・・」 「おまえ、知ってるのか。」スッと匠は目を細めた。 「はい。 小学部の頃から匠さんを追いかけていたのは知っていました。何度か脅されたこともあったから・・」そのときの様子を思い出したのか、沙織は上着のすそをギュッと握り締めた。 「脅された? なぜそのときオレに言わなかった。」 「あなたに言ったら坂本さんはただでは済まないと思ったから言えなかったの。私が我慢していれば良かったから。それに坂本さんの熱もいずれ冷めるだろうと思っていたし、まさかお父様があなたをこんな風に縛ってしまうとは夢にも思わなかった。」うつむき身体を縮め、しゃがんでいる沙織。膝元にポタポタと涙が零れ落ちた。 「そのせいでおまえはオレに恥をかかせたことがわかっていないようだな。 真田さん。申し訳ないがちょっと失礼します。」匠はそう言って部屋を出て行った。 気まずい空気の中、残された真田は沙織がいることも忘れ、ホウッとため息をついた。そして突然沙織がいたことを思い出した。 「すみません。」 真田は決して小さいほうではない。柔剣道もかなりの腕前だし、現場ではバリバリ仕事をこなしてきた猛者である。その彼の身体がアルマジロのごとく小さく丸まっているのだ。その姿に沙織は思いがけず微笑んでいた。 「そんなに気を使わないでください。匠さんはすぐ戻ってきますから。」 その言葉に真田は気になったことを聞いてみた。 「あの・・・私、なにか周防さんの機嫌を損ねるようなこと、言いましたか? なんか気分を害されたような気がするんですが。」 それに対し、沙織は少し間を置いてから静かに話し出した。 「いいえ、真田さんのせいではありませんわ。原因は私です。 でもあなたに八つ当たりはしませんからご安心ください。」 「どういうことです? そういえばあなたに対してとても冷たいですね。なぜですか?」 「そう、見えわますか?私には普段通りの匠さんにしか見えませんけれど。 真田さんの目にそう映ったのなら謝ります。 私と話す時は小さい頃からあの調子ですからお気になさらないで。おそらく今も隠し事をしていた私を諌めるために席を外したのだと思います。」 「そうなんですか? 私には周防さんがあなたを憎んでいるようにしか見えなかったんですけどねぇ。 あれが普通ねぇ・・・うーん、わからん。」 「ある意味そうかもしれません。だって私との婚姻であの人の夢は叶わなくなってしまったのですもの。」ここで沙織は寂しそうに微笑んだ。 「あの、こんなことを伺うのはプライベートの侵害と思われそうなんですが、あえてお聞きします。あなた方はお互いをどう思っているのですか?どうみても政略結婚としか思えないんですが。」 「まぁ・・」ストレートな質問に沙織の顔は真っ赤になった。 「す、すみません! あまりにも不躾でした。」大慌てで真田は頭を下げた。
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