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作品名:TAKUMI 作者:Shima

第122回   第122話
  「な、なんですってぇ!」
匠の話が終わるや否や、真田は素っ頓狂な声を上げ椅子から転げ落ちた。
「おもしろい話でしょう?」
「そ、そんな、おもしろいだなんて・・・」
「所詮、ぼくの人生は得宗寺秀一という怪物に牛耳られているということですよ。まさかぼくもこの年で妻帯者になるとは思いませんでしたからね。」
匠の話というのは自身の結婚のことだった。話のあいだ中、沙織はじっと隅の椅子にかけたまま微動だにしない。表情も強張ったままで、およそ新婚夫婦とは思えない緊張感があった。真田はそんな沙織が急に可哀想になった。匠は得宗寺秀一に牛耳られていると言ったが、この新妻とて同じ想いをしているのではなかろうか、と。あながち資産家の娘が100%幸福とはいえないと思った。
「・・・とはいっても。ぼくが18にならなければ正式な夫婦とはいえませんから、義父が解消したいと言えばすぐ以前の生活に戻るわけですから、今のぼくとしては宙に浮いているような存在でしかないんですけれどね。」
「はあ・・・」
その自虐的な口調に真田は何と答えていいのかわからない。
「それを坂下さんが知ったのかどうか定かではありませんが、クリスマス以降変わったのであれば何らかの方法でその情報を得たのでしょうね。こんなことを言うと自信過剰な男と思われても仕方がないのですが、この場合的を射ているでしょう。そう思いませんか?」
そう思いませんか、と聞かれ真田は困ってしまった。それでもこの証言は極めて重要と判断した彼は手帳に@ 周防匠氏婚姻の件、と記した。
「不思議なのは――― その生徒の存在をぼくが全く知らなかったことです。ぼく自身も覚えていない記録を残し、こんなにたくさんの写真を撮っていたなら知っていてもいいはずなのに。そうでしょう?」
匠の話を聞きながら真田は再び手帳にA 周防氏、坂本まゆみの存在認識せず。と書き、顔を上げた。
「そうですね。私も同感です。数年にわたってこれだけの仕事をしてきたなら誰もが気づくと思います。それを当の周防さんがご存じない。というのは変ですね。」
「・・あの。」
そのとき初めて沙織が口を挟み、2人は同時に彼女に注目した。今まで部屋の隅で小さくなって控えていた彼女がいったい何を言い出すのだろう。
「なんだ。」
その冷たい言い方に真田はハッと匠の端正な横顔を見た。これが新妻に対する口のきき方だろうか。真田は再び彼女を気の毒に思い、と同時に周防匠という男に対し畏怖を覚えた。


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