「ところで。 真田刑事。いや、警部と申し上げた方が宜しいでしょうか?」その口からは事件とは全く無関係の言葉が出た。 「は?」 「昇進されたのでしょう?おめでとうございます。」 「なぜそれを?」キョトンとした顔の真田。 「有馬さんはどちらに行かれたのですか?」真田の疑問を意に介さず匠は質問を続けた。 「えっ?どうしてそれを・・・・あっ!」 真田の顔から見る見るうちに血の気が引いていく。何かを悟ったようだ。匠は少しだけ微笑んだ。 「話を元に戻しましょう。・・・3年生である坂下さんがわざわざ学校の、それも普段あまり使われていないトイレで自殺というのも変ですね。ここは夜10時になると自動ロックで全面的に封鎖されます。それは朝6時になるまでどんな理由があろうと解除されません。いったい死後どれくらい経過していたのでしょうね。・・・真田さん、真田さん、どうしました?ぼくの話、聞いてます?しっかりして下さい!」 匠に声を荒げられハッと我に返った真田はあたふたと手帳を取り出した。 「え、は、はい。か、監察医の、話ですと・・およそ2,3時間かと、ハイ。」極度の緊張からか、さして暑くもないのに真田の額には汗が滲んでいる。 「と、いうことは夜中の1時から4時の間、ということになりますね。坂下さんともう1人は昨夜の10時前からトイレにいたことになる。長時間そこで何をしていたんでしょう。暖房も切られている上に他の部屋より寒いトイレだ。そんなところにどんな用事があったのか。」 「これから死のうという人間に暑さ寒さはあまり関係ないのでは?」真田は心細げに口を挟んだ。 「なるほど。これから死ぬ人間が寒さを感じていたら自殺なんかできないでしょうねぇ。まして非常灯がついているといっても暗いところだ。それだけでも常人なら恐ろしくてじっとしてなんかいられませんよね。」 案外あっさりと匠は真田の意見に同調した。ところが真田にしてみれば匠が淡白だったのがかえって気になった。 「な、なにか、お気に障ったのでしょうか。」 「えっ。いいえ、なにも。真田さんの仰る通りだと思っただけです。たしかにその通りですね。雑念が入ったら自殺なんて大それたことはできない。 「ということは?周防さんのお考えではこれは他殺だと?」 真田の顔に少し赤みが差した。刑事魂が頭をもたげてきたのだろうか。 「そうは言ってませんよ。あくまでも状況で考えた場合を言ってるんです。とにかく捜査が進めばいろんな事がわかってくるでしょうから、それを待ちましょう。・・・申し訳ありませんが、これから授業がありますのでまた後ほどお話を伺う、ということで失礼しても宜しいでしょうか。」 「え、あ、はい。お時間を取らせてすみませんでした。何かわかり次第連絡いたします。」 それをしおに2人共立ち上がり匠は教室へ、真田は部下の待つ現場へ戻った。
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