自室に戻った匠を帰宅していた沙織が出迎えた。大晦日に顔を見て以来の対面に心なしか落ち着かない様子だったが、匠の顔を見るなり身体が凍りついた。 「なにか、あったの?」 恐る恐る訊ねる沙織に、匠は侮蔑にも似た嘲笑を見せた。 「オレは今日ほど前言撤回したいと思ったことはない。」 「え? いったいどうしたというの?」 匠の腕に手をかけようとした沙織を虫でも振り払うように撥ね退けると匠は言った。 「おまえの親父はご親切にもオレとおまえの未来図を描いてくれたよ。 今年中に子供を作れと言われた。」 まるで他人事のような口ぶりに、沙織はようやく“未来図”の真意を悟った。瞬時に真っ赤になってうつむいた。 「期待に添いたい。ところだが、何もかも思い通りにさせてたまるか。 オレがそういう考えだということを忘れるな。」 「・・は、はい。」 正当な理由がない限り、己の信念を曲げない匠であった。どういういきさつでそういう結果になったのか沙織には見当もつかなかったが、今は静かにそれを受け入れるしかなかった。
翌日。匠と沙織が久方ぶりに一緒に登校すると、正面玄関に一台のパトカーが赤色灯をつけたまま止まっていた。その周囲は黒山の人だかりで、一見して何か良くないことが起こったことがわかった。匠が足早に近づくとサッと彼らは両脇に別れ、道を作った。そこには見覚えのある真田がいた。新年早々目の上のタンコブが移動になったおかげか、心持ちすっきりしたように見える。 「お待ちしておりましたよ!」開口一番。真田が喜びの声を上げた。 「どうしたんですか。こんなに朝早く。」 真田が赤色灯をつけたパトカーでわざわざ匠に会いに来たとは思えない。戸惑っているのを察知して真田は匠をひと気のないところへ導いた。挨拶もそこそこに(というより真田は今回の人事異動に匠が全面的に関わっていることを知らなかった。もちろん匠も恩着せがましくそんなことを明かすつもりはなかった。)真田は来訪の旨を説明し始めた。
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