「榊原から伝言を聞きました。」 その声の低さに榊原は両のこめかみを押さえしゃがみこんだ。 「そうか。それで?」 「5つまでは可能ですが、最後の1つは承服いたしかねます。」 「最後?」 「お忘れですか。子供の件です。」 「おお!そうだった! だが、承知できんという理由はなんだ。結婚すれば当たり前のことだ。おまえは4月生まれだから法的にも申し分なかろう。親のスネをかじっている分際ならいざ知らず、おまえは既に収入を得ていて自立可能だ。何の問題もなかろう?それに子供を持つことで責任感も生まれる。もっとも、おまえに無責任という文言は無用だがな。」 これがカミソリと異名を持つ得宗寺秀一の言うセリフか。とあきれるほどの親バカぶりだ。さらに付け加える。 「私も早く孫の顔が見たいしな。」 そのひと言が匠の神経を逆なでした。 「いい加減にしてください!なにが早く孫の顔が見たいだ。たとえあなたの言う通りだとしても真っ平ごめんだ!」 「そう怒るな。 おまえまさか、沙織が嫌いなのか。 それでそんなことを言うのか?」 「そういう問題ではありません!精神的に早すぎる、と言ってるんです!」 「ほほう。おまえの口からそんなセリフを聞こうとは前代未聞の珍事だ。おまえがそうなら世の中にしっかりした大人など皆無だろうな。とにかく論ずるよりやってみろ。私はこれから会議がある。吉報を待っているぞ。」 秀一は匠の怒りなど全く意に介さず電話を切った。彼の怒りはもはや頂点に達し、そばでしゃがみこんでいる榊原を完全に無視し、大きな音を立ててドアを開け出て行った。
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