「それでは、申し上げます。最後の1つ。・・・それはお嬢様を愛し、今年中に2世を設けること。以上でございます。 では早速返事を・・! 何をするんです!」 秀一に報告するため部屋を出ようとした榊原の腕を突如力任せに掴んだ匠。榊原の身体がグラリと傾き転びそうになった。 「イタイ! イタイですよ!匠さん!」 悲痛な叫びも今の匠には聞こえない。さらに掴んだ手に力を込めた。 「うっ!」痛さのあまり、榊原の額には汗がにじんでいる。 「今、何と言った。・・2世を設けろだと? ふざけるのもいい加減にしろ! オレはあの人の命令に従ってこの家に入ってやった。私生活のことまで口出しされるのはごめんだ。もし、これ以上指図されるならオレは今すぐここから出て行く。」 極度の怒りで匠の声は沈み、榊原は全身が総毛立った。 「で、ですが、そ、それは、わたしのくち、からは申せません。・・わ、わた、しは、だんな、さまからの、でんごん、を、お伝えしただけ、ですから。」 どんなに気を張っても榊原の口からは喘ぎ声しか出ない。 「そうか? ならオレがじかに言おう。その後どうなろうとオレの知ったこっちゃない。」 そこで匠は手を離し、直通電話をかけるべくデスクに近づいた。ところが今度は榊原が慌てた。そんなことをされては執事としての力量を問われるばかりではなく、これまで培ってきた信用を一遍に失ってしまうからだ。 「ま、まってください!そんなことをされては私が困りますッ!」榊原は身を挺して匠の前に立ちはだかった。 「おまえの考えていることくらいお見通しだ。だがな、たとえおまえの立場がそうであってもオレは許せない。 いいからどけ!」 榊原のディフェンスをさらりとかわし受話器を取る。一瞬の後、秀一の声が榊原の耳にも届いた。匠から直接電話がかかったせいか、秀一の声はいつになく楽しそうだ。匠も義父の話が途切れるのを辛抱強く待った。そして話の区切りがついたところで静かに切り出した。
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