1人、成田空港に降り立った匠は、榊原が手配した車に乗ると、後部座席に深く身体を沈めた。その車は普段、秀一しか乗らない専用車であったが、これを機にと、匠が乗ることを秀一自ら承認したのだった。車体はどんな外敵からも身を守れる優れもので、1台数千万もする特注品である。内部は快適に過ごせるよう改良が施されており、旅の疲れも手伝って匠は乗ると間もなく深い眠りに落ちた。 匠帰国の報は飛行機が到着した時点で運転手の田中からもたらされていた。車が得宗寺家に着いた時には既に従業員の殆どが玄関に集結していた。不在だったのは、くしくも学校に行っていた沙織だけだった。 1人1人から労いの言葉をかけられながら部屋に入った匠はゆっくりする間もなく、榊原から主の私室へ来てくれるよう言われた。オレには着替える時間もないのかと榊原を恨んでみても始まらない。それが得宗寺家を継ぐ者の宿命なのだ。 秀一の部屋では榊原が神妙な顔つきで待っていた。 「帰る早々呼び出されるとは思わなかったな。」 ソファにかけながら匠は厭味たっぷりに言った。しかしそれも今日の榊原には全く効果がない。表情ひとつ変えないのだ。 「だんな様からのご伝言でございます。」 「伝言?なんだ。」匠の顔がひきしまった。 「1つ、だんな様がご不在中はこの部屋を使用すること。2つ、その間の決済全てを匠さんが行なう事。3つ、学業をおろそかにせず精進し、順位を落とさない事。4つ、匠さん個人が携わっているアニメゲイト並びに新規の事業を余人に譲渡すること。5つ。」 箇条書きされた紙を淡々と読み上げる執事に、匠はうんざりした顔を向けた。 「まだあるのか。」 「あと2つでございます。」 「2つ? いったいあの人はオレをなんだと思ってるんだ。オレにも限界があるってことを知らないのか。 それで? あと2つってのは何だ。」 「5つ・・・周防建設の後継者リストを早急に作り、その中から適任者を3名選出すること。 最後。 と、これは特にだんな様が力説しておられた事項でございます。 前述の5項目よりも優先するように。とのことでございました。」 「今までの件よりも重要なことなのか?・・・ははァ。昨年の業績を更新させろというんだな。そうだろう?わかった、わかった。 仰せの通りにいたします。」 「宜しいんですか? 最後まで聞かず安請け合いして。後悔しませんか?」 ここで初めて榊原の口元がほころんだ。 「あの人のことだ。業務拡大が最大の優先順位だろう。・・・でもまぁいい。言ってみてくれ。」 「二言はありませんね? 承知したとだんな様に伝えて宜しいですね?」 「わかってる。二言はない。」 そう言って匠は疲れた身体をソファに投げ出した。
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