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作品名:TAKUMI 作者:Shima

第110回   第110話
   ちょっとトイレに、といった感じでホールを出て匠はすぐ秀一の部屋へ行った。そして言われたとおり電話帳をめくり目当ての人物のボタンを押した。相手は在宅中で、用件を伝えるとすぐ善処します。との答えが返ってきた。結果、正月明けに真田の憂鬱が解消されたことは言うまでもないことだった。と同時に、アニメゲイトのメンバーたちと沢木に対しても特別ボーナスが支給された。

  翌日から秀一の匠への教育が始まった。手術したことなど休息の理由にはならない。世間では正月だというのに匠にはその気分を味わう事さえ許されない。冬休みを利用し、秀一はまず、各国の主だった傘下会社に匠を連れて行った。ニューヨーク、ロンドン、パリ、etc. 分刻みで各地区を回らねばならないため最後のアムステルダムを辞去したときには匠の身体は疲労困憊状態になっていた。タフで誇る秀一の顔にも疲労の皺が刻み込まれている。ホテルに戻ると10時をかなり回っていた。これまでの外国訪問は旅行が主だったが、今回は仕事オンリーだった。そのせいで景色を眺める余裕は全くなかった。常にこんなことを秀一はしているのか、と改めて匠は義父となる秀一の凄さを実感した。お互いを配慮し、毎回別々の部屋を取ってくれた秘書たちの顔を思い浮かべていると電話が鳴った。
「Hello,・・・I am.・・・Thanks・・・もしもし。」
交換手の声が消え、代わりに日本語が聞こえてきた。電話の主は沙織だった。途端に匠の声が無愛想になった。
「なんだ。」
「 いま、 お話しても、大丈夫?」相変わらず遠慮がちな言い方だ。
「用件は。」
「あ、あの。 用事というほどじゃないのだけれど。」
「たいした用事でもないのに電話してきたのか。」
「え?あ、そ、そうよね。 ご、ごめんなさい。 切るわね。」
その時匠は思い出した。秀一が言った“沙織を泣かせたら許さない”という言葉を。
「切らなくていい。とにかく言ってみろ。」
「あ、あの。 今日から3学期が始まるけれど、お帰りはいつかな、と思って。」
「3学期? ああ、忘れてた。時差でこっちはまだ明日になってないんだ。先生には適当な理由をつけて休むと言ってくれ。」
「はい。 それから、 お父様と一緒で大変でしょうけれど、風邪引かないように気をつけてね。」
「ああ。 帰国は3日後になると思う。会長はこのままロシアに向かうらしいから、そう榊原に伝えておいてくれ。」
「はい。」
沙織の返事を待たず匠は受話器を置いた。電話料金が嵩むこともあったが、長電話が嫌いな匠である。


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