「周防!どうしたんだ! おい! 心配したんだぞ!」 佐々木が米田を伴ってどこからか戻って来た。 「すまん。やることがあって昨日からずっとかかりきりになっていたんだ。悪かった。」 「昨日って? じゃ、お前寝てないのか?沙織さん心配してたぞ。」 「沙織が?」 「ああ、お前、彼女を怒鳴ったんだってな。オレらにはそんなところ見せないのに、彼女にはそうなのか?」 「そんなことはどうでもいいことだ。 さぁ、練習、練習!」 佐々木の問いを受け流し匠は先に立って道場に出た。 1時間たっぷり汗を流すと、心体ともにスッキリした。帰りにどこかへ寄ろう、という佐々木の誘いを振り切り真っ直ぐ帰宅した。沙織がいるのはわかっていたので、部屋に入るなりインターホンで呼び出した。 「お前、佐々木にオレが怒鳴ったって言ったそうだな。」 「え。あ、ご、ごめんなさい。」 「今のオレはお前に関わっている暇はない。それくらいわかっているはずだ。」 「はい。 わかっています。」 「それなら余計なことで煩わすな。それにオレは今・・・もういい。下がれ。」 匠は眉間を押さえ、ぐったりと椅子にもたれた。 今にも倒れそうな様子で出て行く沙織を目の端で追いながら匠はホウッとため息をついた。こんなことで時間を潰すわけにはいかない。約束の期日は刻一刻と迫っているのだ。目頭をギュッと押すとまたパソコンに向かった。彼にとってまた短く長い夜が始まろうとしていた。
『お前に関わっている暇はない。』とか、『お前なんか眼中にない』等、今まで何度同じ言葉を言われたことだろう。理由はわかっていた。小さい頃から沙織は匠の前でよく泣いた。その顔を見た匠からこんなブスは見たことがないと言われ、それ以来匠の目には沙織は女の子として映っていないのだ。単なる家政婦。それだけの存在だった。それと最大の理由は、沙織が得宗寺沙織である、ということだった。上昇志向の高い匠ではあったが、他人から与えられた地位や名誉、財産には全く関心がなかった。あくまでも己の力でトップを目指す。それが彼の信条だった。だから沙織のバックにある得宗一門は彼の構想に取り入れられてはいない。よって沙織は家政婦以外の何ものでもなかった。しかし改めてその言葉を投げつけられるとこの上なく悲しくなった。好きになって欲しいとは言わない。けれど嫌いにはならないで!彼女の心は常にそう叫んでいた。だがそれを口にすることはできない。口に出したら最後、オレの前に姿を見せるな。そう通告されそうだった。辛うじて涙をこらえ、キッチンに戻った沙織の脇を亜紀が鼻歌を歌いながら通り過ぎた。 「あ、亜紀さん。今はダメよ。 匠さん、忙しいみたいだから。」 悲痛な思いで亜紀に警告すると、彼女はジロリと沙織を見た。その表情は白蝋のようだった。沙織の背中にサッと冷たいものが走った。 「何を言っているの、沙織さん。私は特別なのよ。あなたとは違うの。得宗グループだか何だか知らないけれど、お兄さんは私のものよ。少しくらい顔が綺麗だからってでしゃばるんじゃないわよ。」 「わ、私、そんなつもりじゃ・・・」 「そうじゃないって言うの?だったら見てなさいよ。お兄さんがどう出るか。」 亜紀は勝ち誇って匠の部屋へ向かった。そして案の定、そのまま居座った。
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