「いや、こちらこそあなた方の大切な息子さんを頂いてしまって申し訳ないと思っております。お2人の期待に応えられるよう私もしっかり匠君を指導したいと考えています。時には叱り付ける事もあるかと思いますが、そこはご容赦下さい。」 秀一に考えてもみなかった感謝を述べられあたふたしてしまった明子。 「あららら!そんな・・とんでもございません!こちらこそ宜しくお願いいたします。」 慌ててお礼を言い、早々に秀一の視界から消えた。眼前には再び匠の姿があるはずだった。若者集団は相変わらず部屋の一角を占め、活気溢れる談義をしている。秀一は匠の姿を目で追った。するとその隣に当の本人が音もなく近寄った。滅多なことでは驚かない秀一の身体がピクリと動いた。 「驚かせて申し訳ありません。」謝ってはいるものの、心底そうは思っていないようだ。 「口先だけで謝られても嬉しくはない。それよりもどうしたのだ。あの集団の中にいたのではなかったのか。」 周囲を慮り、2人は顔を正面に向けたまま話し始めた。 「事業計画の話ばかりで退屈してしまいました。もっとも今後のプライベートを聞かれるよりはまだ、まし、ですけれど。」 「なるほどな。沙織との生活より仕事の話の方が楽か。それも一興だ。だが私は仕事のためだけにおまえを迎え入れたわけではない。 なんといっても沙織が一番だからな。あの子を泣かせたら許さんぞ。」 「それならもうぼくはあなたに数え切れないほど殺されてますよ。」 「だが女の問題は起こしとらんだろう。2人の間であの子が泣こうとそれはおまえ達の問題だ。しかし第3者。特に女の問題が絡んだ場合は勝手が異なる。あのなんとかいう、おまえの従妹とは片が付いたのか。」 「よくご存知ですね。鼻からあの子のことは相手にしていませんよ。あの子は見かけはいいが中身は最悪です。」 「そうか。ではおまえのケガのもとになった剣道部員はどうだ。ケガを理由におまえに近づこうとしているようだが。」 「ふッ。あなたにかかっては隠し事は不可能ですね。何でもお見通しだ。それも沙織に付けたSPからの情報ですか。確かに完治するまで身の回りの世話をさせて欲しいと言われましたが断りました。それを受け入れたら何をするにしてもあれこれと1から説明しなくてはならなくなる。」 「その点、沙織ならそんな面倒はいらないということか。」 「まァ、そういうことです。・・・それよりも伺いたい事があるのですが、宜しいでしょうか。」 「うむ。」 その時初めて匠は義父となる秀一を見た。
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