「沙織。」 「はい?」手を止め顔を上げた。 「銀河鉄道はその後何か言ってきたか。」さも興味なさそうに聞く。 「ぎんが?・・・宮沢先生のこと?」 「ああ。」 「いいえ。別に何も・・それがどうかしたの?」 「おまえを奪う。と豪語していた。」 「えっ! ま、まァ。」 「オレは。 自由にしていい。と言ったんだがな。」 「えっ?」 「オレが退院するまでの間だけしか猶予がないから急げとアドバイスしたんだが・・・やはり、得宗寺の名前にビビッたか。」 「えっ? 言ったの?」 「いいや。連絡先を教えろと言うから得宗寺秀一の名前で電話帳を見ろ。と言っただけだ。・・それにしてもこれは不便だな。」 三角巾で吊られた腕をまじまじと見た。医師の説明では、しばらくの間その状態でいなければならない。ということだった。 「手が止まってるぞ。 まぁ、こんなに早く帰ることになるとは思ってもみなかったんだけどな。だからといってグズグズしているのはもっと嫌いだ。」 「せっかく。お友達になれると思ったのに・・」悲しそうにうなだれる沙織。 「ともだち? だれの・・ああ、銀河鉄道か。 友達ならいるだろう。 おまえに金魚のフンみたいにくっついている1,2,3が。」 「みっちゃんたちは女の子よ。」 「へぇ、そうか。おまえ、男友達が欲しかったのか。男漁りが趣味だとは知らなかったな。それは悪い事をした。じゃ、今から行って誘ってくださいって言ってやろうか?」 匠の瞳は冷たく、声には嘲りが含まれていた。 「そんな。 ひどいわ。 男漁りだなんて。」 「それ以外の何ものでもないだろう。オレとしてはか・な・り・優しく言ったつもりだがな。こう言ってやってもいい。サカリのついた猫、か?」 「えっ。 そんな・・ひどい。」 「おまえにひどいと言われる筋合いはない。事実を言ったまでだ。 メソメソしている暇はない。 行くぞ。」 スッと立ち上がり、いったんドアまで行きかけた匠だったが、大股で沙織の前に立つと、あっという間にその可愛らしい唇に自分の唇を重ねた。それはほんの一瞬のことだったが、沙織は永遠に続くのではないか、と錯覚した。 「おまえに男友達はいらない。オレだけで充分だということがわかったか。」 その熱っぽい低音が沙織の耳元に響いた。ぼーっとした沙織がわずかに頷くと、匠はもう一度囁いた。 「榊原たちが待っている。先に行くぞ。」 次の瞬間、匠は超然と立ち上がり後ろを振り向くことなく出て行った。沙織は今起きた事が理解できず、白魚のような指で自分の唇を触った。それから少しして匠に置いて行かれた事に気づき、慌ててその後を追った。
|
|