「あ、ごめんなさい。私は沙織、といいます。別にあなたを疑ったわけではなく、本当にごめんなさい。」 「ほらほらやっぱり疑った。・・・さおり、さん? 名字は?」 「みょ、みょうじは・・あの、さ、榊原です。」 とっさに榊原を名乗った。どういうわけか突然榊原の顔が浮かび、その名を口にしたのだ。初対面の人に得宗寺といえばそれだけで萎縮してしまうからだ。これまでは名前を名乗りさえすれば済んでいたが、改めて名字は?と訊ねられ、つい榊原を名乗ってしまった。しかし宮沢は一向に気にしたふうもなく、 「じゃ、これからはさおりさんと呼んでいいですか?ぼくたち、友達になりましょう!さおりさんもぼくのことは名前で呼んでください。・・・あ!もうこんな時間だっ!サボっているのがバレたら大変だ!じゃ、さおりさん、またあとで!」 白衣をひるがえし茶目っ気たっぷりに手を振って宮沢は屋上から消えた。沙織はそのお茶目な外科医に好感を持った。 沙織が病室に戻ると1人の女性徒が匠の枕元で泣いていた。匠はすでに目を覚ましていてじっとその子の話に耳を傾けている。その様子が深刻そうで沙織は静かにドアを閉め、いったん廊下に出た。少し院内を散策しようと歩き出したところ、バッタリとさきほどの宮沢と遭遇した。あまりの偶然にお互い顔を見合わせて笑った。宮沢は手術後の患者を診察に来たと言って、ホラ、と聴診器を見せた。さおりさんはなぜここに?と聞かれ、沙織は知り合いが入院している、とだけ答えた。 「そうですか。お、そうだ。今日ぼくは当直明けでこのあと休みなんです。もし良かったらデートしませんか?」 いきなりの誘いでキョトンとした沙織に、宮沢はもう一度同じ事を言った。 「あ、あの。急に仰られても・・私たちさっきお会いしたばかりですから。 それに、私と一緒にいたら宮沢先生にご迷惑がかかりますわ。」 返事に窮し、遠まわしに断ったつもりだったが宮沢には通じないようだ。 「迷惑?大丈夫ですよ。今、おもしろい映画やってるんです。それを見てその後、食事に行きましょう。心配しなくても大丈夫。ちゃんと家まで送りますから。 ね?」 ね?とウインクまでして強引に誘う宮沢に沙織は心底困ってしまった。
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