さて、良から意味不明の電話を受けた綾子である。鼓島なんて聞いたこともない彼女は、とりあえずHPを開いてみることにした。小学校の教諭である彼女はパソコンなるものは一応使えるのだ。しかしあくまでも一応である。今日が平日ということもあり、ちょっと学校のパソコンを拝借した。 良がやったと同じように“鼓島”で検索するとたった一件ヒットした。それを読むと更にわからなくなってしまった。消滅した島を調べろ。だなんて一体どういう了見なのかしら。良とてここまでは調べたに違いないのだ。要はここからどうしたのかを聞きたいのだろう。小さい頃から一緒に育ってきた綾子には良の言いたい事が手に取るようにわかるのだ。 HP上でこれ以上情報が得られないと知ると、今度は何でも相談できる校長の宮下に聞いてみることにした。幸い宮下は校長室に在室しており、綾子の来室を快く迎えた。 「どうかしましたか?真剣な顔付きで。」 「先生。先生は歴史に造詣が深くていらっしゃるのですよね?」 「歴史?ええ、まぁ。しかし造詣が深い、とまではいきませんよ。それが何か?」 「先生は鼓島という島をご存知ですか?」 「つづみじま?・・・・いいえ。知りませんねぇ。私は地理には疎いんですよ。」 「いいえ。今から60年前に海底火山の爆発でその存在そのものが消滅してしまった島です。東京都下だったそうですが。」 「60年前ですか?う――ん。やはり私にはわかりませんねぇ。・・・・そうだ!私の知人に地学を専攻していた人がいます。その人に照会してみましょう。」 言うが早いか宮下はデスクの受話器を取り、メモを見ながら番号をプッシュした。 呼び出し音が数回鳴ると目当ての人物が出たらしく宮下の顔が綻(ほころ)んだ。 「やあ、しばらく。宮下だよ。うん、うん。いやぁこっちもさっぱりだよ。・・・ああ。ん?ああ。早速なんだがねぇ、君。60年前に海底火山の爆発で消滅してしまった鼓島という島を知ってるかね?そうそう・・・え?知ってる?・・・ああ、そうらしい。東京都下に属していたそうだ。君、その島について知ってる事を何でもいいからなるべく詳しく教えてくれないか?ああ・・・・ん?文献がある?え?・・サラ・カーペンターという女性記者が書いたもの?既に亡くなっているのか。え?貸してくれるのか?おお!それは都合が好い。わかった。それはありがたい。では後ほど・・・」 宮下は受話器を置くと綾子に向かってVサインを見せた。 「いや、彼は高木というんだがね。外出する用事があるからついでにこっちに寄って文献を持って来てくれるそうだよ。良かったね。――― ところで急にどうしたんだね?60年も前に無くなってしまった島の事を知りたいだなんて。」 「すみません。実は私にもわからないんです。突然調べてくれと言われて・・・」 段々語尾が小さくなる綾子を見て宮下は、 「ははぁ。例の彼だね?しかし君達は面白い関係だねぇ。幼馴染みとは聞いていたけれど、恋人同士というわけでもないようだし。かと言って単なる友人というわけでもない。私等のような年代の者には理解できんよ。」 「すみません・・・」 「いやいや、責めているんじゃないよ。誤解しないでくれたまえ。でもね、こういうことは回りがヤキモキしているうちはどうにもならんものだよ。いずれ君達の間もはっきりする時がくるよ。 どーれ。高木の好物のコーヒーを入れる準備でもするか。 あ、いや結構。こう見えてね、私はコーヒーを入れるのが上手いんだ。高木が来たら呼ぶからそれまで待っていて下さい。」 「はい。よろしくお願いいたします。」 丁寧に頭を下げると綾子は職員室へ戻った。
|
|